山でレンジャー！｜リアクション

山でレンジャー！

　八神修は風通しの良い水色の半袖シャツに白いチノパンを穿いていた。首には双眼鏡と一眼レフを下げている。あまり重さを感じさせない、黒くて細長いケースが片方の肩に掛けてあった。側には白いワンピースを着た椿美咲紀がいた。袖やスカートの青い波模様の刺繍が爽やかさを演出していた。
　陽射しを気にするような視線で修は被っていたカンカン帽に手をやる。
「熱射病を甘く見てはいけない。小まめな水分補給が予防になると言っても、飲むタイミングが意外と難しい。喉の渇きを自覚する前に水分を摂取する必要がある。それに軽度な症状は見落としがちで重症化することも十分に考えられる」
「八神ぶちょー、ロープウェイが発車するみたいですよー」
　美咲紀は籐で編んだバスケットを振りながら走り出した。
「だから移動はだな、安全で確実なロープウェイを使って」
「置いていきますよ、八神ぶちょー」
「写真の撮り方を教える側の俺が、この扱いとは……」
　笑顔で手を振る美咲紀に苦笑した修が続いた。

　ゴンドラに乗り込むと、美咲紀は最後尾に素早く移動した。少し遅れて修が横に並び、位置取りの理由を聞いてみた。
「振り向き構図でパチリなのですよ！」
「そうか」
　深く考えることを放棄したような顔で修は答えた。美咲紀は片手でデジカメの設定に追われて忙しなく指を動かす。
　横目で見ていた修は開き掛けた口を、そっと閉じた。ゆったりとした動作で一眼レフを手にして自然な姿で構えた。
　間もなくゴンドラが動き出した。
「今ですよ！」
　美咲紀は後方に流れる景色をデジカメに収めた。満足した顔で山の頂に目を向ける。うわー、と喜ぶ声で小鼻を膨らませた。その一瞬を見逃さず、修がシャッターを切った。
「ちょ、ちょっと何を撮ってるんですかー」
「椿の面白い顔だよ」
　修の言葉に美咲紀は椿の花のように顔を赤くした。
「やめてくださいよー、八神ぶちょー」
　椿の容赦ない平手が修の肩を何度も叩いた。他の乗客の冷ややかな視線も集まって、ささやかな報復を果たした。

　ロープウェイを利用したことで体力が有り余っている。山道で証明するかのように美咲紀は回るように歩いた。風向きに合わせて顔をやり、安らいだ表情を浮かべた。
「顔が涼しいですよー」
「足元の石に注意した方がいいぞ」
「はーい、わかりましたですよ」
　素直に足元に目をやる。美咲紀は興奮した声で、ありましたー、と声を上げた。山道の側の下草を突き破るようにして紫色の花が咲いていた。
　修は素っ気ない声で言った。
「ホタルブクロか」
「八神ぶちょー、違いますよ。ここです、ここを見てくださいなのです！」
　袋状の花の付け根を頻りに指差す。修は中腰になって、その部分を見つめた。
「ここにイボのような膨らみがありますよね。これのおかげで見分けられるんですよ」
「確かに突起があるな」
「そう、このイボのある方が、ヤマホタルブクロなんですです！」
　鼻息を荒くして美咲紀が答えた。そうだったのか、と修は少し大げさに驚いて見せた。
「手始めに撮っておくか」
「私に任せてくださーい」
　美咲紀はデジカメを花に近づけた。透かさず修の指摘が入る。
「接写も悪くはないが、花を自然に撮るのなら少し離れてズーム機能を使った方がいいな」
「そうなんですかー、勉強になります！」
「撮る時は構図も考えて撮るようにしないと。手ブレにも注意が必要だ」
「わかりました！」
　美咲紀は指先を揃えて敬礼した。よろしい、と修は顎を撫でながら踏ん反り返って答えた。
　息の合った二人は被写体を求めて方々でシャッターを切った。