山でレンジャー！｜リアクション

山でレンジャー！

　藤寿が運転する自転車は山小屋の手前にある、少し開けた場所に派手な音で着地した。荷台にいた澄佳は、ふえぇ、と声を上げた。
「悪いな。細かい動きは苦手なんだ」
「情報が遅いですよう」
　荷台から降りた澄佳はスカートの後ろの方を手で摩った。
　そこに羽衣が現れた。降り注ぐ陽光の中を静かに降り立つ。
「みんなも来てくれたんだね」
「まあ、な。山火事かと思ったんだが、そうでもなさそうだな」
　藤寿は周囲を見ながら言った。釣られた澄佳が同じように目を向けた。
「こんな霧もあるんだねえ」
「あたしは毒ガスって思っちゃった」
　笑顔の羽衣の言葉に、そうかもねえ、とのんびりした声で澄佳が答えた。それを耳にした藤寿の表情が強張る。鼻と口を手で覆うようにして、遅いか、と諦めて腕を下ろした。
　その時、澄佳が木々の合間を指差した。ほぼ瞼を閉じた状態の松生が、ふらふらと飛んできた。
「誰かさんが来ますよう」
「飛行部隊のメンバーなのか？」
　藤寿が羽衣に聞いた。
「違うけど、入隊希望者かも！」
　目を輝かせた羽衣は近くの崖に跳び込んだ。ふわりと浮き上がって松生の正面に回り込んで抱き締めた。
「入隊希望者だね！　歓迎するよー」
「……ん、ここは？　あたし、抱き締められてる？」
　抱き合った状態で二人は地上に降りてきた。ぱっと離れた羽衣は改めて笑顔を浮かべた。
「初めましてかな。あたしは鴇波羽衣だよ。寝子島飛行部隊の小屋にようこそー。みんなも大歓迎だよ。ね、ね、そうだよね！」
　よろしくな、と藤寿は素っ気なく言った。
「あたしは澪乃澄佳だよう。よろしくねえ」
「あたしは塔尾松生で、その、入隊希望者です。よろしくお願いします」
　軽く頭を下げる松生に、リラックスだよー、と羽衣が自分の肩を上下させた。
「あの、あたしの話を聞いて貰えるかな」
「なになに、どーんと来ちゃってよ」
　笑顔で迫ってくる羽衣に松生は覇気のない顔で語り始めた。
「なーんとなく、ろっこんに目覚めたのは良いけど、いまいち使えないのよねー」
「そうなの？　ちゃんと飛んでたよ」
「かなり眠そうにしてたけどな」
　羽衣の言葉に藤寿が補足した。
「眠くならないと飛べないろっこんなので。あまりに眠いと意識まで飛んじゃうし。どうにかして制御できないかな、と思って」
　眠そうな目が羽衣に向けられた。えー、と困ったような声を出して頭を傾ける。うーん、と顔を上げて少し笑った。
「いろいろなろっこんがあるし、発動の条件もいろいろなわけで。役に立てなくてごめん。でも、飛行仲間が増えたのはとっても嬉しいよ！」
　羽衣は松生の手を握ってブンブンと縦に振った。
「でも、あれですねえ」
　澄佳は掌を合わせて微笑んだ。一同の目がそれとなく集まった。
「意識が無くても空を飛べて、さっきみたいに木も避けていたっしょ。自動で目的地に運んで貰えるみたいで、お得感はありますよねえ」
「そういう風に考えると、確かにそうかもね。ありがとう、少し楽になったわ」
「小屋の中も見ていってよ！」
　羽衣は松生の手を引いて小屋に向かう。満更でもない顔で藤寿が続いた。
「飛べるタイプは様々で、ろっこんの奥は深いな。そレンジャー、俺も。おい、今なんつった俺！？」
「れ、レンジャー？」
　口にした途端、澄佳は直立不動の姿勢となった。
「レンジャー！」
　突然に松生が叫んだ。その場にいた羽衣の気分は高揚した。
「なんだかわからないんだけど、無性に山登りがしたい！」
「お前ら、山に登るぞ！」
　藤寿は拳を握った。
「そうだよ、飛んでるだけじゃダメっしょ！　自分の足で山登りしないと！」
　澄佳が小屋に駆け出した。ろっこんの副作用でバランス感覚が悪くなって蛇行したものの、一分と要さずに戻ってきた。一つの包みを勝ち誇ったような顔で掲げる。
「皆でがんがん登って、おにぎりを食べるべさ！」
「あたしは手土産にサンドイッチを持ってきたわよ！」
　松生に藤寿が親指を立てて見せた。
「お前ら、全力で行くぞ！」
　レンジャー、と一同は揃って声を上げ、唐突に山登りが始まった。