山でレンジャー！｜リアクション

山でレンジャー！

「山登りは準備が大事だべ」
　山の裾野で口にした通り、鈴野海斗は万全の装備で山を登っていた。カーキ色のジャングルハットは強い日差しを遮る。肌の露出を抑えた白い長袖シャツに伸縮性のある暗褐色の長ズボンを穿いて安定した歩行を続けた。登山靴はしっかりと地表を捉えた。
　山道の足場の悪いところでは少し上体が左右に揺れた。動きに合わせて風鈴のような涼しげな音が鳴る。小柄な海斗の背中には大きめのザックが背負われていて、その横に動物避けの鈴をぶら下げていた。
「山には何がいるかわかんねえ」
　海斗は眠そうな目を少し開いた。ピンクの霧のようなものに足を踏み入れたのだ。慌てる様子は微塵もなく、落ち着いた足取りで歩いた。
「焦げ臭くはないっちゃねぇ」
　のんびりとした声を出している間に視界は晴れた。何事もなかったことに少し首を傾げて、何度か後ろを振り返った。
　やがて前方から複数の人の声が聞こえてきた。道を回り込んでいくと立ち往生に近い状態の集団に出くわした。
　見知った顔がいたのか。海斗は足を速めた。
「澪乃さん、どうしただ？」
「ちょびっと休んでいるだけだべさ！　すぐに山登りに出発するっしょ！」
　意気込んでは見たものの、澄佳の疲労は目に明らかであった。顔は少し赤らんで見えた。
「オラがなんとかすっぺ。水分補給はしてるっちゃね？」
「お茶はあるよ」
　月詠がパーカーのポケットから小ぶりの水筒を取り出した。海斗はやんわりと断った。
「お茶は利尿作用があるっちゃよ。スポーツドリンクが定番やけんど、意外と水もええんだべ」
　海斗は背中のザックを下ろしてペットボトルの水を澄佳に手渡した。順々に配る中、眠そうな目をした松生には詰め寄って、気ばしっかり持つべ、と真剣な目で言った。
　配り終わると今度はパラコードにカラビナを等間隔で取り付けた。結び目を気にして何度か引っ張ってから周囲に声を掛けた。
「オラがパラコードを持って先頭で引っ張るから、疲れた人はカラビナを握って歩いて欲しいっちゃよ」
「大丈夫なの？」
　集団で一番の小柄を誇る羽衣が海斗の容姿を見て言った。
「こう見えてもオラは足腰が強い方なんだべ」
　海斗は目を細めて笑う。目にした者に大きな安心感を与える笑顔であった。
　集団は動き始めた。先頭に立った海斗は頻繁に後方へと目をやる。
「急ぐ必要はないべ。景色は逃げねえっちゃよ～」
　レンジャー、と大きな声で返された海斗はぎこちない笑みを浮かべた。そのような遣り取りが続いた結果、レンジャー、と海斗も自然な様子で答えるようになった。
「山ってのは危険もあるけんど、いいもんだっちゃよ」
　海斗は歩きながら言った。何人かが表情を緩めて聞いていた。
「それに見晴らしのいいところで食べる飯はうめぇっちゃ」
　今までにない大きな声で、レンジャー、と即座に返ってきた。
「レンジャー」
　海斗は腹を摩りながら笑顔で言った。