＜CI@SP＞ふたつのミドリのゆくえ｜リアクション

＜CI@SP＞ふたつのミドリのゆくえ

「自炊が増えると食材の減りも早いな……」

　誉はいつもの旧市街の商店に買い出しに行く途中、シーサイドタウンとの境目付近にある小さな公園沿いの道を歩いていた。
　通りで立ち止っている、長い黒髪を三つ編みにした少女の姿が見える。
　やがて、彼女の方から気付いて軽く会釈してきた。
　服装や雰囲気が違っていたから始めは気付かなかったが、常闇月だった。
　彼女が戻した視線の先、緑揺れる公園の中で子供たちが遊んでいる。
「まゆみちゃんはそっちから掘ってね」
「ん」
　おかっぱ頭の女の子の声に頷いて、真由美が砂のお城にトンネルを作っていた。
「真由美、そろそろお昼の準備をしなきゃ」
　やがて、木陰で井戸端会議に混ざっていたなつめが呼びに来る。
「今日はお客さんがくるんだっけ？」
「ん」
　少女に問われ頷くと、真由美は砂を払ってなつめの許へ向かった。
「じゃあ、また明日ね！」
　手を振る少女たちに、振り返る。
「……またね」
　ほんのり笑んだ真由美は、なつめと手を繋いで反対側の門を目指した。
　どうやらなつめとの関係が改善しただけでなく、周囲の子供たちとも打ち解けつつあるようだ。
　誉は安堵を覚えながら、その背を見送る。
「……良かったですね」
　そう微笑む月の表情は、以前より柔らかかった。

「にゃー」
「よしよし……にゃーくん、また大きくなったんじゃない？」
「そうかな、毎日一緒だとよく分かんないんだよねー」

　肩には子猫を、片手にはデジカメを。
　円は、先日訪れた桜台の花屋がある辺りに直樹を連れてきた。
　chミケのこの辺りはあまり手を付けていないと聞いたので、資料を撮りに行こうと誘ったのだ。
　遠くの通りに陽炎が揺れ、蝉の声がする。
「ふー、暑い。今年はみんなで海に遊びに行きたいね」
「そういえば、うちの組の男子からプールで溺れたって聞いたけど……大丈夫だったの？」
「ああ、あれは」
　直樹は恥ずかしそうに笑った。
「泳ぎ始めて、あ、25mいけそうかなーって思ったんだけど、途中で力尽きちゃって」
　結局、浅井先生に助けて貰ったという。
「やっぱりもっと体力付けた方がいいかな……いきなり走り込んでも続かなそうだし、ストレッチとか」
「うーん、そうだね」
「ボクシングも筋トレするの？」
　なんて話しているうちに、円が目的の場所に差し掛かった。
「あ。直樹くん」
「うん？」
「そういえば、ネクタイ渡せたんだね」
「……うん」
　控えめに頷く彼を見て、円は立ち止まる。
「この前、見掛けたんだ。直樹くんが選んだネクタイ着けたお父さんを」
　直樹は少し驚いて、ややあって頬を上気させた。
　その表情を見て、円はほっとした。
　彼の父親との深い話には、きっと触れずにいて良かっただろう。
「うちのお父さんも、ネクタイの電話くれたんだよ。やっぱ、こういうのって不意打ちが大事だよね！」
　色違いのネクタイを送った話を明るく話す円に、彼も興味を持ったようで。
「円ちゃんのご両親ってどんな人？」
「えっとねー」
　風景をデジカメで切り取りながら、話は弾む。
　直樹は幼い頃、寝子島に来るより前に東京タワーに連れて行って貰い、展望台で父が設計したビルを教えて貰った思い出を話した。
「すごいなって思った。父さんだけじゃなくて、色んな人が関わって建物や街が出来ていくんだなぁ……って」
　楽しそうに話す父と、その傍で笑顔だった母の事を思い出すという。
（直樹くん、お父さんとお母さんの事大好きなんだね。今でも……）
　とても嬉しそうに両親の事を話す直樹の顔が、円の胸に強く残った。
　何処かにチクリと、微かな痛みを残しながらも。