【17】

「――チッ」
　思わず舌打ちが出るほど桜庭 円は超不機嫌だった。
　隣にいる御剣 刀が原因である。
「ねこったーで盛り上がってる播磨先輩にぶつかって、おっぱいおっきくなって見せつけてるんですかそうですか、チッ」
　保健室へ向けて併走する御剣の揺れる胸に嫉妬する桜庭。
　これに御剣、ただ困惑の言葉しか出てこない。
「走るのに邪魔なんだよ、これ。桜庭はいいよな、何も変わってなくて！」
「変わってるよっ！　ボク、男になってるんだよっ！　胸だってペッタンコなんだよっ！？　密かに成長してると期待していたのにっ！」
「えっ、元からペッタンコじゃ、あだっ！？」
　桜庭の右ボディブローが火を噴いた！
「何するんだよ、桜庭！？」
「それ以上言うと殴るよっ！？」
「部長、もう殴ってる……」
　笠原 ひびきが呆れるように呟きながら、二人の後を追っていた。

　桜庭と笠原が２人で騒動を探っていたところ、南校舎二階付近の階段で播磨に遭遇。
　桜庭が笠原を庇う形でぶつかり、性別が反転してしまった。
　その後、ねこったーで情報を掴んだ２人は、二階の窓から飛び降り（！）、中庭を突っ切ってショートカットを敢行。
　同じような行動をしていた御剣（巨乳化）と遭遇し、現在に至るのだ。

　北校舎入口付近。３人は立ち止まり、笠原は意識を集中させていた。
「ひびきちゃん、首尾はどう？」
「……駄目だ、……恋は盲目で、失恋は難聴かよ」
　笠原のろっこん『ツーカー・トーカー』で播磨へ直接制止を呼び掛けるが、一向に返事が返ってこない。
「そっかぁ、って、ん？　失恋？」
「……ああ、播磨センパイはどうやら失恋したようだ。センパイの思考の声が一方的に流れてきたぜ……」
　笠原のろっこんはテレパシーによる相手との対話を可能にする。
　相手の思考の声も、その時にどうやら聞こえるようだ。
「……好きな男子が、モデル体型が好みと言ってたのを、聞いてしまったらしい……」
「……そっか。それであんなに悲しんでるんだね」
「そういや、ねこったーにも、そんな呟きがあったな」
　御剣がタイムラインの中から、雪見 大福のつぶやきを見せてみる。
　それは播磨の心の叫びをそのまま聞いた雪見の功績でもあった。
「間違いないね。これで動機は確定だ」
　桜庭がぐっと拳に力を込める。
「あとはボクたちが播磨先輩を受け止めれば問題ないねっ！」
「えっ」
　笠原、これには目を丸くして驚く。
「ああ、何としても受け止めないとだな」
「えっ」
　御剣のまさかの返事に耳を疑う笠原。
「あ、あたしは、遠慮する……。部長も御剣も、男らしいじゃねぇか……」
　唯一、性別反転していない笠原。ただの女子と変わりない。
　播磨に太刀打ちするのは困難であろう。
「わかった、だけど死ぬなよ……？　いや、心配してないって」
　桜庭と御剣のコンビの活躍を、いつも間近で見てきた笠原だ。
　２人ならやってくれると信じているのだ。
「あ、ボク、この前、もれいびだって気が付いたんだ～！　ボクの勇気と天運パゥワ～で食い止めてみせるよっ！」
　もれいびがネットにはダイブする事件以来、桜庭はもれいびだと自覚したのだ。
　自身のろっこんも自覚し、以前よりも効果を実感している（ろっこんの成長的な意味で）。
（……俺のアレも、もしかしたら？）
　鉄撃がガチンッと降りるイメージ。身体が軽く、そして周囲がスローに見え、高速で動けるようになる現象。
　御剣は、未だに自身がもれいびであることや、ろっこん『加速』の存在を半信半疑のままでいた。
（いざという時は、俺もあのイメージをまた使えば……）

『本当にそれでいいのかな？』

「！？」
　気に障る中性的な声が聞こえた気がする。

『君たちはいつもそうだ。そうやって、ののこ様のフツウ、世界のフツウを蝕んでいくんだッ！　今だってッ！』

「違うッ！」
「「！？」」
　頭の中に響く誰かの言葉に、御剣は強い拒絶を示した。
　だが、女子２人は脈絡もなく否定の言葉を漏らした御剣に奇異の目を寄せるしかできない。
「……すまない、こちらのことだ。気にしないでくれ」
　スタスタと保健室へ“歩いて”いく御剣。
「くそっ！　あのイメージを使ったら、俺は負ける気がする……！」
　先日の殺人鬼との記憶は消されたが、殺人鬼から受けた言葉が、御剣の心にしっかりと引っかかっているのであった……。
「お困りのようですね？」
　そこへ、ふさぁと白羽扇を翻して登場するは、上泉 睡蓮こと諸葛睡蓮！
「私は軍師！　この騒動、21/100の知性の輝きを持って、お三方を勝利へ導きますよ！」
「あ、間に合ってまーす」
「すまん……、急いでいるんだ」
「上泉……、ゲームのやりすぎじゃないか？」
「なんとっ？」
　まさかのスルー。
「別に、この軍師睡蓮ちゃんが活躍してしまっても構わんのだろう、刀君！？」
「おいやめろ、余計なことするな」
　死亡フラグ発言に顔をしかめる御剣。
「ほら、私がいればもう何も怖くないよ、円ちゃん！」
「色々とスレスレだよっ！？　名前とかっ！」
　思わず顔が引き攣る桜庭。
「仲間が増えるよっ！　やったね、ひびきちゃん！」
「おい、馬鹿……！　縁起でもないこと言うな！」
　笠原もこれには顔を青ざめる他ない。
　だが、諸葛睡蓮は無駄にポジティブだった。
「もう～、皆さんシャイですねっ！　ご安心下さいっ！　泥船に乗ったつもりで私にお任せあれ！」
　うわぁ……、と３人目配せしつつ、妙な仲間が１人くっついてしまった。

「こちら奈良橋。これより作戦を決行するぜ！」
　奈良橋 博美が浮舟に連絡を入れた直後、播磨が姿を現した！
　北校舎と南校舎の渡り廊下、保健室まで目と鼻の先である。
「オラオラオラァ！　早く走らねぇと突き刺すぞー！」
　天童寺 伐がモップの穂先を突き出して播磨を後ろから追い立てる！
　これで南校舎から播磨を追い立てることに成功した！
　一緒に夜榊 鏡花も手伝っているが、天性のドジ気質で派手に転んでメガネが吹っ飛んだ。
「……今のは、兄さんが転んだ。今のは、兄さんが眼鏡を飛ばした……、私じゃない！」
　相当、兄のせいにしたらしい。
　転ぶたびに「私じゃない」とどす黒いオーラを澱ませる夜榊。
　見ていて却って痛々しい。
「あなたたち！？　一体何してるのよ！？」
　播磨に併走し続けていた尾鎌 蛇那伊、これに困惑。
「折角、手荒な真似はしないでいるのに、もう！」
「そういうのは、成果が出てから言ってほしいぜ！　これ以上は色々持たねぇんだよ！」
　奈良橋もろっこん『トンビの飛翔』で、行く手を執拗に遮り保健室への道を誘導する！
　何度かぶつかってしまうが、その度に性別が反転する奈良橋。
「やっぱり、もう一度ぶつかると性別が元に戻るのか！」
「それならばここでぶつかるまで！」
　オオオッと白衣を着た人物が播磨に向かって突撃！
「この伊賀 解理ッ！　自身の性を取り戻すためならばッ、もとよりリスクなど承知の上ッ！」
　逆に考えるんだ、ぶつかっちゃってもいいさって！
「僕の覚悟ッ！　今それを指し示す時だッ！　行くぞーッ！」
　小柄な体で真正面から突っ込んだ！
　だが、非力な伊賀に巨体の播磨を止められるわけはなく、そのままピンボールのように弾き返されてしまった。
「……しゃああっ！！」
　だが、伊賀は勝ち誇った顔をしていた。
　股間の違和感が綺麗さっぱりなくなったのだ。
　取り戻したッ、アイデンティティを！
　そして中庭の池にそのままダイブ！
　ずぶ濡れの伊賀は、水面に揺蕩いながら思う。
「彼女もまた被害者……。悩める乙女なのだろうね。まあ、どんな悩みだろうが、いきなり局部に違和感持たされた僕みたいな連中の苦悩に比べれば……、瑣末な事だろうがね？」
　それにしても、４月の水温は思ったよりも冷たいな、と思わずくしゃみをする伊賀であった。