シーサイドタウン二丁目『オカマバー・ネコ』｜リアクション

シーサイドタウン二丁目『オカマバー・ネコ』

●猫の手も借りたい厨房です

　空が暗くなるにつれ、ホールは賑わっていく。
　となれば厨房も忙しくなるのは当然のことで、シェフをはじめ、宮祀智瑜と御剣刀はてんてこ舞いだった。
「３番のおつまみ取りに来たぞっと……出来てるか？」
　そこへ宇佐美実が料理を受け取りにやってくる。
　その表情はすこし疲れているように智瑜の目に映った。
「マリネですよね」
　智瑜は慣れた手つきで真っ白な皿に盛りつけ、実の持つ盆の上に載せた。
「ありがとよ」
　それで、一区切りついたようだった。
　隣で刀が小さく息を漏らす。
「……そういや宮祀はなんでこんなとこでバイトしてるんだ？」
　余裕が出てきた証拠に、というわけでもないが、刀が智瑜に何気なく問いかけてくる。
「俺は――追試でさ。でも夏休みは楽しみたいから、そのための資金を稼ぐために年齢誤魔化して……」
　でもあのマスターの意味ありげな笑みは、ばればれだな。
　刀は努めて明るくそう言った。
　不器用なのか、女性への配慮が上手いのか相変わらずよくわからない彼に苦笑しながら、智瑜は彼の質問に答えた。
「私は……店長さんがお店の常連さんで、忙しいときはお手伝いしてるんです」
　宮祀の家は青果店を営んでいて、そこの繋がりなのだ。
「なるほどな」
　刀はすぐに納得したらしく、食い下がることもなく黙々と洗い物を始めた。
(でも、本当はそれだけじゃないんです)
　刀のなんの疑いもないようすを見て、智瑜はちょっぴりの罪悪感に苛まれる。
　けっして、悪いことをしているわけではない。
　意図的に隠し事をするのは、あまりいい気分ではなかった。
(っ、)
　気持ちを切り替えようと、智瑜は厨房の扉からホールを覗き込むことにした。
「どうしたんだ？」
「意外な先生が来られることもあって……気になるっちゃうんです」
　ちらりと見えるフジコの影。慌てて顔を引っ込めて、しばらく待つ。
　そうしてもう一度顔を覗かせようとすると。
「わっ」
「おっと、」
　ちょうど戻ってきた実とぶつかりそうになってしまった。
「ごめんなさい」
「……いや」
　実は先ほどよりもずっと疲れた顔をしていた。
「俺は今猛烈に独り身でよかったと痛感している……」
　どうやらフジコ先生のテーブルを担当しているらしい。
(それは、たしかに大変そうです……)
「あんまり無理しない方がいいんじゃないですか？」
　刀は、洗い物をする手を止めて、そっとお冷を実に差し出した。
　実は返事もそこそこにグラスを煽ってから「ありがとよ」と力なく笑った。
　それから刀をじっと見て「別に無理はしてねえよ」と言う。
「恥ずかしく無いわけじゃねぇが、何事も経験だ、平坦な人生じゃつまんねぇだろ？」
　ハハッ、と笑い声を上げる。今度は作ったものでも萎びれたものでもない、自然に湧き上がったものだった。
「勉強になります」
　刀もつられて笑顔を見せる。
　そんなふたりを見て、なんだか男の子ですね、と思う智瑜だった。