シーサイドタウン二丁目『オカマバー・ネコ』｜リアクション

シーサイドタウン二丁目『オカマバー・ネコ』

●ショータイムの裏側

　騒がしい表を素通りして、本田宗次はわざわざ裏口の戸を叩く。
「ナルミちゃん、いるかー？」
　一応、客の店に入るのだからという配慮だったが……どうやらショーで忙しいようだった。
　しばらく待てせてもらうかと店員の休憩室で腰を落ち着けようとすると「あら、来てたのね」とナルミが顔を出した。
「よぅ、ナルミちゃん、盛況だな。お疲れさん」
　貧乏人に金を払わせる仕事は心が痛むぜ、と大根役者になりきって、宗次はナルミに封筒を渡す。
「ほらよ、料金踏み倒そうとしてたバカから巻き上げてきた金だ」
「いつも悪いわね」
「一応計算はしたがこれで足りてるか？」
　失礼するわ、と言ってからナルミは封筒の中身を手早く確認していく。
「五千円多いわね」
「あ、それは俺が今日飲むぶんな」
　にっと悪どく笑ってみせる。
「……アレに払わせたわけ？」
　するとジトとナルミは宗次を睨みつけてきた。
「おいおい、人が多いところでそういう生々しい話をだな……」
　誰が聞いてるかわからないだろ、と冗談交じりで返すとナルミはふうとため息をついた。
「まぁいいわ。とりあえず先に中に入ってて」
「ナルミちゃんは？」
「バイトの子のお見送りよ」
「へぇ……？」
　そうしてナルミは厨房の方へ歩いて行く。宗次もなにも言わずにその後に続いた。
「刀ちゃん、智瑜ちゃん、ご苦労様。もう上がっていいわよ」
「ナルミさん！」
　ナルミに言われると、御剣刀と宮祀智瑜が作業中の手を止めて、振り向く。
「で、ふたりとも旧市街方面よね。刀ちゃん。悪いんだけど、一緒に帰ってあげてくれない？
　送っていくのにかかる分も時給換算しとくから」
　いつもなら送りをつけるんだけど、今日は生憎忙しくて。
「ごめんなさい、刀さん」
「気にしなくていい」
　ふたりは反論することもなく、すんなりと頷いた。
「じゃふたりとも気をつけてね」
「ありがとうございました、あ、これ休憩にもらったサンドイッチの代金です」
「ああ、それは賄いってことでいいわよ」
「いえ、これだけは払わせて下さい」
「そう？」
　刀はナルミに代金だけ渡すと、更衣室に向かう。
「あ、」
　彼と一緒に去っていく智瑜をナルミが呼び止めて、なにか耳打ちをした。
　すると智瑜は照れくさそうに微笑んで「ありがとうございます」と心の底からの感謝を口にする。
「慕われてるねぇ」
「そういうんじゃないわよ」
　笑い合いながら、ナルミと宗次はホールに向かった。

　帰り道、先生たちに見つからないようにと気をつけながら、刀は智瑜の自転車を引いて歩く。
「ごめんなさい、方向が同じってだけなのに」
「……そういえばなんて耳打ちされてたんだ？」
　そのことを肯定することもなく、刀は話題を逸らしてくる。
　小さなやさしさに心の中で感謝して、智瑜はナルミの口調を真似た。
「頑張ったわね。この調子ならきっとすぐに貯まるわ。だから今日はここまでね――っておっしゃってました」
「へぇ」
　刀は楽しそうに笑う。
　智瑜がバイトをする理由。
　そのひとつはあのお店が忙しいから。
　もうひとつは――お金を貯めて祖父母のお店の改装資金に、一部でも使ってもらいたいからなのだ。