シーサイドタウン二丁目『オカマバー・ネコ』｜リアクション

シーサイドタウン二丁目『オカマバー・ネコ』

●イッツ・ショータイム

　フジコの脚のしなやかな筋肉に目を奪われてしばらく。
　沓冠梢太朗の耳に、感心するような声が届いた。
「……どうやら今からショーが始まるみたいですね」　
　振り向くと日向透は相変わらずの笑顔を浮かべていた。
「ショーですか、それは面白そうですね！」
　梢太朗も負けじと笑顔で頷いて、舞台をじっと見据えるのであった。
　そうして始まったのはこねくり回すという表現が似合うほど、執拗なまでの腰振りダンス。
　ハードレザーの衣装には目にも鮮やかな羽飾りをあしらわれていて、それが踊りに合わせて揺れていた。
　けれど梢太朗の目を奪ったのは、十センチはあるだろうピンヒールで踏む細やかなステップだった。
「ひゅーひゅー！」
　透の同僚たちが立ち上がって声援を飛ばすのにも、透が無言で舞台に魅入っていることにも気が付かず、梢太朗は激しく舞い踊る脚を眺めている。
　もう辛抱堪らない。
　そんな気分で舞台下にかじりついていると、すぐ側からくすっとした笑い声が聞こえてきた。
「す、すみません」
　我に返って頭を下げると、笑った彼の脚が目に入った。こざっぱりとした、けれどきちんと足の形にフィットしている靴と、良質な筋肉。
「っ！」
　ショーの熱に当てられた梢太朗はもう我慢できなかった。
　その脚にすがりつくように座り込み、息を荒くする。
「ダンサーにも負けないような美脚と、履き慣らした靴！」
　完全変態モードの梢太朗に対し、フジコは嫌悪感を示すどころか「ま、調教なら得意だからネ？」とうっすらと笑みを浮かべた。
「やはり、ダンサーの方なのですか？　それとも講師かなにかでしょうか？」
「アタシは教師よ。演劇のね」
「なるほど、演劇ですか。このスタイルにも納得です」
「ん、ふ。そ、そんなに褒めてもなにも出ないんだからネ」
　頬をポッと染めて、慌てて顔を背けるフジコ。
　その顔をぼんやり眺めていると「あら、こんな可愛い子にナンパされるなんて、フジコもなかなかね」とナルミがやってきた。
「ナルミ姉さん」
「まァ、怖い」
　静かに、けれど楽しそうにふたりは会話をする。
「ふふ、楽しんでもらえてるかしら？」
　けれどそれも一瞬で、梢太朗に疎外感を感じさせる前にナルミは話を振ってきた。
　さすがの営業技術に感心しながら、梢太朗は心の底からの賛辞を送った。
「本当に素晴らしかったです！」
　脚が。
　かつかつと歌い踊るピンヒールと、それを履きこなす脚たちの美しいこと美しいこと。
　梢太朗が力説すると、ナルミとフジコは楽しそうに声を上げて笑った。
「そんなに気に入ってもらえて嬉しいわ」
「でも、夜中に歌ったり踊ったりするから足もむくんで靴を履いたりして痛くなりませんか？」
「あらさすがね。目の付け所が違うわ」
「簡単なマッサージと、日頃の足のケアなら教えることができますよー」
「それはアタシも知りたいワ」
　そうして脚ケア座談会が始まる。
　ちなみにこの座談会はキャストたちに大好評で、梢太朗の飲み放題の制限時間が終わっても帰してもらえないほどになってしまう。
　結果、飲み代をサービスしてもらえる代わりにそれぞれの足と靴のようすを見ることになるのだ。
　それから――「名刺頂けるかしら？」とナルミとフジコがうっとりと微笑む。
　それはつまり、ふたりの上客を掴むという未来でもあった。