伝説のジャンボらぁめん｜リアクション

伝説のジャンボらぁめん

　ごと、と空になった巨大丼がカウンターに置かれた。
「ごちそうさまでした」
　達也は両手を合わせ、完食を宣言する。のんびりと食べるつもりであったが、意外と早く食べきることができたことに驚く。
「ほう、お主も初挑戦でよくぞ食べきった。他者に惑わされず、自分のペースで食べることこそが完食のコツよ」
　源次郎が手渡すラーメン一年間無料券を、達也は両手を差し出し大切そうに受け取った。なくさないようにしなければ。
　挑戦者の頑張りを見ていた時子がぱちぱちと拍手をする。
「竜也さん、おめでとうございます」
「ありがとう。他の皆にも知らせておこうかな」
　照れくさそうに返した達也は改めて源次郎へと頭を下げる。人助けとはいえ何度も中座していた竜也に何も言わず、丼を下げることなく見守ってくれたのだ。
「制限時間がなくて助かりました。本当にありがとうございます」
「道楽だからのぅ。畏まらなくてもいい。また食べにきてくれれば構わんよ」
　その会話をＢＧＭに皐月を待ちながらラーメンを食べていたライレエだが、視界に入ったメニュー。その値段表記に首を傾げる。
「……なあ、店主。どれもかなり安いが採算取れてんのか？」
「心配せんでも取れておるぞ。どれもワンコイン以下なのはセットメニューがないからだ。あれもこれもと頼めばいい値段にはなるからのぅ」
　だからこそサイドメニューを頼みまくっていた水姫の会計は二千円近くになっていた。安くても塵も積もればなんとやら、である。
　時子はふとトイレの方を見た。それに気づいた竜也が問いかける。
「どうした？」
「……さっきの方、大丈夫でしょうか？」
「そこまで真っ青じゃなかったし、大丈夫だとは思うが……」
　一向に出てこない皐月を案じる時子。倒れてはいないかと心配そうだ。近くまで行って様子を窺えばいいのだが、真っ最中だったらお互い気まずくなるだけだろう。
　そしてその心配は杞憂に終わる。
　水を流す音が響いてしばし。どこかすっきりとした顔の皐月がトイレから出てきた。周囲の心配を余所に皐月は再び丼の前へ。
「さーて、あと半分頑張るか……食い切れる気がしねえが」
　しばらく席を立っていたため、麺はスープを吸って嵩が増していた。それにまた皐月はげんなりしたが、それでもマイペースに食べ進める。
　冷めたり伸びたりで不味くなっていたのならまだ諦められたのだが、そんな状態でも一定以上の味を持っているのはある意味タチが悪いのではないだろうか。
「さっちん、いけるか？　無理はすんなよ？」
「大丈夫だよ、ライ。ゆっくり食べれば完食はできそうだ。時間無制限だしな」
「ならその間に詳しくさっちんの話を聞こうか。アレとかコレとかソレとかを」
　楽しそうに喉を鳴らすライレエに、皐月は頬を赤らめて言った。
「……子供がいるから、詳しすぎることはまたあとでな」
　気恥ずかしくなった時子と竜也は、同時に頬を染める。ぼかした台詞であれど、まだまだ善良な高校生には刺激が強かったらしい。
　それを皐月とライレエは楽しそうに見て、再び辛うまジャンボラーメンを食べ進めるのだった。
　そして時計の長針がゆっくりと動き――、二時間近く経って二人の丼は空になる。
　皐月はぐったりと椅子の背にもたれかかっており、ライレエはやや苦しそうに腹をさすっている。
「……和室で休むか？」
「いや横になったら逆にヤバイ」
「同じく……」
　少しでも休みやすいよう、見かねた達也が空の丼を厨房の流しに運ぶ。時子は新しいおしぼりを二つテーブルに置く。合図もなしに役割分担ができているのは、本日二人が介護をしていた結果だろう。なかなかのチームワークだ。
　しばらくして落ち着いた皐月は煙草に火をつけ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「……うん、美味かった。ごちそうさん」
「おい、店主。こんなうまいラーメンに二千円なんて安すぎるだろ。娯楽とはいえもうちょっと値段あげてもだれも文句言わないと思うぜ」
「ほぉう？」
　財布から二千円を取り出すライレエに、源次郎は面白そうにニヤリと笑う。
「うまいもんを食わせて食えた礼だよ。受けとってくれや」
「私もだ。ライが払うのに払わないってのは座りが悪い」
「……そこまで客に言われて代金を受け取らんでは店主の名折れだ。ありがたく受け取らせてもらおう。また来るがいい。夜ならば酒も出せるから、この二千円分サービスしてやろう」
「そりゃいいこと聞いたぜ！」
「また寄らせてもらうよ」
　皐月とライレエから代金を受け取ると、源次郎はラーメン一年間無料券を手渡す。二人はそれを受け取ると、並んで店を後にした。

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