＜CI@SP＞Evergreen≒Deciduous｜リアクション

＜CI@SP＞Evergreen≒Deciduous

●閉ざされた夜に向かって●

　灰色の猫の姿をしたらっかみにより、本来の世界から分断された寝子島。
「見失ったか」
　住宅街に入ると細かな曲がり角も多い。
　減速を余儀なくされた御剣刀は、一旦足を止めた。
『でも、このへんじゃないかな』

　彼の腕から降りた小山内海がスケッチブックにペンを走らせる。
　他の場所へ向かうなら、人形たちだってこの入り組んだ道を通る必要はないのだ。
　そろそろ夕食時で家々からは良い匂いがしたっていいくらいなのに、匂いも人気もなく何処かゴーストタウンのようだ。
　頭ひとつほど背の低い少女に頷いて、刀はスマートフォンを取り出す。
「目的地はそう遠くない筈だ。……ナイトウォーカー先輩も『こっち』にいるだろうか」
『わたしも、しってるひとがいないかたしかめてみるね』
　海もスマホを出して調べ始める。
　目ぼしい人物は見当たらなかったけれど、代わりにねこったーで気になる呟きを見付けた。
「小山内、先輩と連絡が取れた。やっぱり近くだ」
　刀の方もメールの遣り取りが済んだらしい。海は彼と並んで走り出した。

「いや、俺の方がありがとうって感じだよね」
　キャットロードの裏側の通りで人形たちの襲撃を受けたPCショップの兄ちゃんは、礼を言う恵御納夏朝たちにばつが悪そうに笑った。
　少し擦り剥けた彼の頬には、可愛らしい絆創膏が貼ってある。
　店内には真面目なパソコン関係のソフトの他、アニメ風の美少女や妙に肌色の面積が多いパッケージが堂々と並んでいる棚も幅を利かせていて、なんとなくそちらのコーナーは直視し難い気がした。
　家のぬいぐるみたちが大挙して出て行ってしまったことにショックを受けていた遠野まほろの気分も、少し回復したようだ。
（このままじゃ私のぬいぐるみさんたちだけじゃなくて、他のぬいぐるみさんたちもぼろぼろになっちゃう）
　なんとかしないと。
　夏朝の話し声を聞きながら、まほろは胸の前できゅっと拳を握る。
「あの曲って、携帯でもDL出来るんですか？」
「ん？　ああ、スマホならニャンチューンズのサイトが良いかな」
　流石その辺りは詳しいようで、兄ちゃんは夏朝に曲をDLするところまで教えてくれた。
　お値段はメジャーもインディーズでもそう変わらないようで、大体1曲100円ほど。
「何、外行くの？　今は危ないよ～」
　だからこそ行くのだというと、彼はスマホに繋ぐミニスピーカーを持ってきた。
「これ、俺のお古だけど音はまあまあ良いから」
「ありがとうございます、お借りします」
　お陰で覚悟していた出費は抑えられた。
「次は桜花寮に行こう」
「……うん」
　スピーカーが入った袋を提げ振り返る夏朝に、まほろは頷く。
　ぽわぽわした寝癖が揺れる。
「やっぱり……この歌には、お人形を止める力があるのかな？」
「そうだといいなぁ」
　カウンターに肘を突いた兄ちゃんが返した呟きに、まほろは足を止めた。
「俺も、この歌にはすごく助けられたからさ」
「……えっと」
「あ、俺半年くらい前まですっげーワルで」
　彼女の視線に気付いて、兄ちゃんは目尻を下げて笑うと自分のスマホを弄って画面を見せる。
　そこには染色した金髪に剃り込みが入り、特攻服姿の睨みを利かせている若者がいた。
　人相が違いすぎて、ご本人様ですか？　という感じだ。
「世の中なんて下んねぇ、俺はずっと負け犬のまんま生きてくんだと思ってたけど……ネットでこの歌聴いて、自分はこれで良いのか？　って思い始めてさ」
　指先で絆創膏を撫でながら、兄ちゃんは懐かしそうな顔をしている。
「イチからやり直すの大変だったけど、この歌聴いてると落ち込んでても元気が出てくるんだ。俺、音楽とかそこまで詳しくなかったけど、なんかすごいんだよね……魂が籠もってるっていうか」
「魂……？」
　まほろは夏朝と顔を見合わせた。

「TASは無事に辿り着けただろうか……」
　霧生渚砂がぽつりと零し、キャットロード最寄の信号を目指していた時、エンジン音が聞こえてきた。

「お待たせ！」
　真っ赤なバイクで参上したのは、伊予祐だ。
「おお、格好いいな！　TASはいつもこういう格好でかっ飛ばしてるのか？」
「本格的なのはツーリング行く時くらいだけどな。と、急ごう」
　自分の足でもろっこんでスピードを上げられる祐がわざわざバイクを取ってきたのは、渚砂への配慮もあっての事だ。
　渚砂はシートの後ろに飛び乗った。
「良い子は真似しちゃいけないぞ！」
（何処に向かって話してるんだ？）
　思いつつ、祐は突っ込まないであげた。
　それよりも急がなければと、車一台走っていない道を滑り出す。