睡魔と戦え！　リターンズ｜リアクション

睡魔と戦え！　リターンズ

【教室？：音楽】

　トラウマたちの舞台は続く。
「次は男女２人の物語だ」
　今度はギャラリーはいない。ホッとする北原みゆき。気だるそうな雰囲気の少年と相対していた。

　彼の名は咲州寄居子。
（おかしいな。僕は英語のサービス授業中に、英文で書かれた大人の男性向け小説に読み耽って、想像力と英語を同時に鍛えて将来に備えようとしていて、結局挫折しかけていたのだと記憶しているんだけれど）
　ここは夢の中だろうか。周りが無意味に暗い。甘美なBGMも流れている。
（ちなみにその参考資料は開きっぱなしで机に置いたままなんだけど、大丈夫かな）
　心の中で饒舌に回想している一方、参考資料と代わって持っている台本に気づいた。
「何か書いてあるな……えーっと、目の前にいる女性と長時間連続で目を合わせる事。できなければ反省室行き……」
　そこまで読みあげて寄居子は戦慄した。

「目を合わせる……ですと？」
　寄居子が最も苦手としていることだった。
「そうだ。これはリハーサルだ。人生のな。この機会を利用してぜひ苦手を克服してくれ。曲が終わるまで彼女と目を合わせていられたらお前の勝ちだ」
「反省室に行かされるのは困るな。参考資料を先生に見つけられたらやっかいだし」
「？」
「いや、参考資料というのはあくまで参考資料であって、健全なものであるのだけれどもね」
　まじまじとみゆきに見つめられ、心拍数が上がっていく。

　寄居子は人と積極的に交流するタイプではない。小学校の時分から授業中は居眠り常習犯で、授業が終わるや否や近所のプールや海に向かい、水中に潜っては若い女性の水着姿を眺める、そんなことばかりやって育っている。その延長上が今の水泳部であり、もちろん女の子の水着姿が目的だ。おかげで潜水時間だけは誰にも負けない。

　そんな風に育ったものだから、他人と合わせることには慣れていない。長時間交わし続けると体が熱くなり、緊張に伴う興奮で鼻血を出して倒れてしまう。つい最近もそんな経験をしている。
　だから人と向かい合っても目は見ず、視線を落として胸元あたりで会話をするのだった。

「君もしかして……着やせするタイプ？」
　意外と胸はありそうだ。
「相手から目を逸らすな」
　津止先生に注意され、再びみゆきと目を合わせる。

（この状況、どう乗り越えたらいいんだよ）
　脈拍が荒くなり、血が遡ってくる感覚が襲う。めまいもしてきた。
（よし、こうなったら）
　覚悟を決める寄居子。
（自分の可能性を信じて頑張るしかない）
　つまり無策である。

　みゆきの緑色に輝く目は美しく見えた。が、どこか怯えているようにも見える。目は不思議だ。相手の気持ちさえ見えてきてしまうような気がする。自分がムッツリだということも、相手に見透かされてしまうのではないだろうか。そんな心配がよぎる。
「君も、人に見つめられるのが嫌い？」
　寄居子が尋ねると、みゆきはあいまいにうなずいた。
「どうしたら、人に見られるのが平気になるんだろうね」
「自信かな……私にも足りないものだけど」
「なるほど自信か……」
　すでに寄居子の人生の中で、他人と視線を合わせる時間の記録を更新していた。
「少しだけ分かったことがあるよ。同じような境遇の人となら、少しだけ長く目を合わせられるみたいだ。なんでだろう。お互いの気持ちが分かるからかな」
　寄居子の体が後方へ傾いていく。
「それが分かっただけでも、だいぶ収穫はあった」
　鼻血がピューと、空中を鮮やかに舞う。
「反省室に参考資料あるかな……」
　寄居子の体が床に横たわると同時に、音楽は鳴り止んだ。
「一歩及ばずか。残念だ」
　津止先生が手を叩くと、サンマさんが寄居子を回収した。

咲州寄居子
苦手：長時間他人と目を合わせること　対決：音楽が鳴り止むまで、北原みゆきと目を合わせる
対決結果：負け　英語の点数がダウン！