睡魔と戦え！　リターンズ｜リアクション

睡魔と戦え！　リターンズ

【実験室：理科】

「それでは実験を始めます」
　耳障りのいい慣れ親しんだ声を聞いて、御巫時子は静かに目覚めた。
「尚輝先生……？」
　数学の授業を受けていたはずなのに、化学担当の五十嵐尚輝が猫背気味の姿勢で立っていた。
（私、寝ていたの……？　尚輝先生の授業で……ましてや実験室で……寝たことなんて一度もなかったのに）
「す、すいません……」
　目の前の実験テーブルにはビーカーやフラスコ、実験器具が並んでいる。
「準備はいいですね。それではまずはウォーミングアップから、水上置換をやりましょう」

「水上置換がウォーミングアップですか」
　的確なツッコミを入れたのは橘勇。彼もまた教室で理科の授業で眠っていたところを、いつの間にか実験室に移動していた。
　ボソボソ、と五十嵐先生が続けている。
「え、何ですか五十嵐先生？　もう少し大きな声でお願いします」
「水上置換で集められる気体を挙げてみてください」
「……」少し考えてから勇は答える。「水素や酸素、二酸化炭素も……」
「そうですね」
　黒板に化学式が並んでいく。

「では響さん」
　実験室にはもう１人生徒がいた。
「響さん」
「えっ、ひゃい！？」
　素っ頓狂な声をあげる響タルト。妄想に耽っていたらしく、無理やり現実に引き戻され豆鉄砲でも食らったような顔をしている。
「逆に水上置換で集めにくい気体といえば？」
「え……」
　五十嵐先生の後ろに書かれた化学式たちを見て、頭がクラクラしそうになる。
「……アンモニアなどがそうです」
　若干乱暴な動作で黒板を振り返る。そのときの弾みで指先がビーカーに当たり、地面を強く叩いて割れた。
「きゃっ」
　時子が小さく悲鳴を上げる。
「尚輝先生、大丈夫ですか……？」
　慌てて駆け寄る。ものぐさな五十嵐先生に代わって破片を片づけようと思ったのだ。

　時子がしゃがみ込んだ瞬間……。

　パリーン

　今度は大きめのビーカーが、時子の目の前で粉々に散らばった。
「……」
　さっきのように悲鳴をあげる暇のないくらい、時子の全身を恐怖がまとった。彼女は大きな音が苦手なのだ。
「……尚輝先生、体調を崩されているのですか……？」
　いつも実験器具を大切に扱っているのに。五十嵐先生の表情は前髪に隠れて見えない。

　しかし、勇は見逃さなかった。
（ビーカー、わざと落としたな……しかも一瞬だけだが、先生の額に変な文字が見えた）
　この世界はおかしい。
（そして何より）
　廊下側の壁に目を向ける。
（あれが異常だ）
　そこにはサンマさんたちがずらり並んでいる。こぞって空気イスをしながら。

　一方、タルトは妄想モードに戻っていて、物が落ちて割れたことなど一切気にしていなかった。
（五十嵐先生、あの何事にも無頓着なキャラクターが何ともいえないわ。しかも前髪が隠れて素顔がよく見えないところもなおグー。髪型整えたら実はイケメンってパターン？　最高ね）
　しばらく、妄想モードは続きます。
（相手にするなら……やっぱり牛瀬先生とのザ・サイエンス・カップリング！？　うーんでももっと化学反応を起こしたいわよね、理科だけに。もうヒトヒネリ入れるなら、やっぱり学生時代の牛瀬先生で……）
　そういえば、妄想にのめりこんだきっかけはは中学時代の理科教師だったな。タルトは思い返す。
（物理の先生が美形だったから妄想が膨らんで膨らんで……結局理科の内容一切頭に入らなかったな〜。化学の先生や先輩の影響でGLの魅力にも目覚めたし……父親に見つかって怒られたときは色々痛かったけど）

「さ、タルトさんも実験を始めてください。でないと期末テストでいい結果が出ませんよ」
「はいはい」
　化学のことはよく分からないが、とりあえず時子や勇を真似て手を動かしていく。
（う〜ん、五十嵐先生はやっぱ受けかしら？）

御巫時子
苦手：大きな音　対決：大きな音に耐えながら実験を成功させる

橘勇＆響タルト
苦手：理科　対決：実験を成功させる