睡魔と戦え！　リターンズ｜リアクション

睡魔と戦え！　リターンズ

【学食＆家庭科室：家庭科】

　というわけで、伊織源一は小山内海と桜庭円の熱い視線を受けながら、カレーとキムチチャーハンを完食し「美味しかった」と言わなければならなくなったのだ。

　しかし、スプーンでカレーを一匙すくったまま。源一は動くことができない。

「お腹は空いているでしょう？　伊織君の体格だったら、どれだけ食べても食べ足りないくらいじゃない？　後は伊織君の気持ち次第よ、辛いのを克服する気があるかどうか。さあ、頑張って」
　両の拳を握りしめ、白沢先生（睡魔ver.）がエールを送る。
（武術を学び伝えていく者として、どんな関門にも立ち向かうのは必至……これを機に克服できるのならしておきたい）
　カレーから漂う、鼻を突く辛さだけですでに参りそうだ。
（辛口、か……中辛でもギリギリというのに）
　野性味のある眼光に高校生離れしたひげ面、服装は常に道着袴。人を寄せ付けない威圧感とは裏腹に、超甘党の源一。彼にとってこの試練は、どんな鍛錬よりも厳しくどんな拷問よりも苦しかった。
（作ってくれたらしき彼女らのためにも……）
　他人を傷つけることだけはしたくない。
　意を決すと、丹田にためた精気を息とともに吐き、喝と目を見開いた。周囲に野生の虎がいれば、尻尾を巻いて逃げていたかもしれない。

　パクリ。源一はカレーを一口食べた。

「！」
　全身の毛という毛が逆立つのを感じる。次いで首の裏から喉の奥めがけて、槍で貫かれたような圧、そして激痛。
（……だめだ、感覚を捨てるんだ）
　痛覚を殺す。精神制御で一時的に神経や脳との伝達をシャットダウン。大柄といえどまだ武道家としては若い源一。戦いの中では見いだせなかった境地を一瞬だけ、見いだせそうになった。かどうかは分からないが、とにかく今は皿を持ち上げ、一気にかき込むのが現状を打破する唯一の方法だと悟った。

（すごい、一気に食べてる……）
「そんなに辛いものが好きなんだ」
　海と円はあんぐりと開いた口のまま、顛末を見届ける。自分たちの料理をあそこまで勢いよく平らげてくれるのは、ある種感動も覚える。
（あ、チャーハンも食べ終わるよ）
　２人は自然と源一の元へ駆けていた。

「すごいわ、伊織君、やったじゃない！　後は『美味しかった』と言うだけよ！」
　はしゃぐ白沢先生の横で、源一は石のように固まっていた。
　感覚を呼び起こすと共に、激辛か源一の全てを蝕んだ。今はあらゆる機能が停止している。
「お……お……」
　辛うじて一文字目を口にするが、これ以上が続かない。

「あら、伊織君……失神しているわ」
　がっくり眉尻下げてつぶやく白沢先生。
　駆け寄った割烹着の海とコック姿の円の呼び声にも答えない。
「嫌いな辛いものなのによく完食できたわ。きっとこの頑張りは今後にも活かせるはずよ」
「辛いもの嫌いだったんだ！？」
「あなたたちは食べてくれる人のために一生懸命苦手な料理を作った。そして伊織君はあなたたちの期待に応えようと、苦手な辛いものに挑戦した。相手を思う気持ちさえあれば、どんな試練も乗り越えられるのよ」
「なんか上手くまとめようとしてますけどー。結局僕たちは」
「ええ、『美味しかった』と言ってもらえなかったから不合格よ」
（と、いうことは……）
　海が恐る恐るといった表情で、白沢先生の次の言葉を待つ。
「全員反省室行きよ。伊織君にはお水を飲ませてあげてね」
　言うや否や、学食前で待ち伏せていたサンマさんたちが突入してきて、海たち３人を持ち上げた。巨漢の源一はサンマさん４匹がかりだ。
「きゃあ！」
（え、え〜。頑張ってカレー作ったのに……）
「あなたたちの頑張りは評価するわー」
　手を振って見送る白沢先生であった。

伊織源一＆小山内海＆桜庭円
対決結果：負け　家庭科の点数がダウン！