捨てられた楽園｜リアクション

捨てられた楽園

　学校指定のジャージ姿で森蓮が山道を歩いていた。右の腰には使い古したようなビニール袋が揺れている。
「ゴミが少なくなりましたね」
　蓮は道幅のある箇所を選んで休憩に入った。首に下げたタオルで汗ばんだ顔と坊主頭を擦り上げた。一息ついたところで左の腰の水筒に目を落とす。
「まだ水は必要ないですね」
　力強い足取りで登山を再開した。三十分と経たない間に再び足が止まった。
「このようなところに道ですか」
　蓮は山道の横手を覗き込んだ。下草の分け目が木々の奥の方まで続いていた。ビニール袋には僅かなゴミしか入っていない。
「……調べてみましょうか」
　表情を引き締めて繁みの中に分け入った。

　開けた場所に出た。蓮は感心したような表情で眺めて、ふと思い出したかのように目を動かす。
「手水舎が見当たりませんね」
　蓮は水筒の水で手と口を清めた。
　拝殿では軽くお辞儀をして賽銭箱に五円玉を静かに落とす。坪鈴を鳴らすことは諦めた。風雨に晒された結果なのか。紐の部分が失われていた。
　二回、深い礼をして神妙な顔付きで手を合わせた。心を込めた拍手が二回、境内に高らかに響き渡る。
　締めの礼を済ませた蓮は境内に関心を寄せる。自然に散った葉が目で数えられる程度であった。
「拭き掃除をしましょうか」
　首のタオルの片方を握って、すぐに離した。指の腹を擦り合わせるようにして感触を確かめる。
　蓮はズボンのポケットから真新しいハンドタオルを取り出した。雑巾にするには少し小さい。
「仕方がないですね」
　水筒の水でハンドタオルを適度に濡らし、拝殿の階段部分に宛がう。右手に力を込めて拭くと、綺麗な木目が浮き出てきた。
　俄然、掃除の意欲は高まる。蓮は黙々と段数をこなしていった。タオルは汚れを吸い取り、両面が黒く変色した。
「少し洗いましょうか」
　水筒の水を多めに含ませて丸めたタオルを握ると、指の間から泥水が染み出した。滴りは境内の石に当たって涼しげな音を立てた。
　その様子を目にした蓮が喉を鳴らす。
「……水を無駄にはできません」
　無心を望むかのように蓮は拭き掃除に一層の熱を入れるのだった。

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