捨てられた楽園｜リアクション

捨てられた楽園

　思い思いの時間を過ごした人々が朗らかな顔で帰路に就く。
　その中、黒のトレーナーを着た晴海飛鳥が陽気な歌を口ずさみながら神社に訪れた。拝殿や本殿を一瞥して、へー、と感心したような声を漏らす。
「放置されてた割には状態がいいなぁ」
　飛鳥は考古学者のような眼差しで細部を見ていく。なるほどー、と腕組みをした。
「悪い霊はいないみたいだね。特殊な土地なのになんでだろう？　ん、あの猫は――」
　目の前を一匹の三毛猫が横切ろうとした。飛鳥がじっと見つめると、呼ばれたかのように立ち止まる。
「ごはんくれるの？」
　三毛猫が問い掛けてくる。飛鳥に驚いた様子はない。ポケットから煮干しを取り出し、軽く揺すって見せた。
「煮干しをあげるから、いろいろと話を聞かせてよ」
「ごはん、ごはん」
　近づいてきた三毛猫に合わせて飛鳥はしゃがんだ。
「はい、どうぞ」
　差し出した煮干しは一瞬で三毛猫の口に吸い込まれた。その食べっぷりには、おー、と素直に驚いた。煮干しを継ぎ足しながら飛鳥は質問した。
「猫君は妖怪みたいだけど、どうやって生まれたのかな」
「ママから生まれた」
「生まれつきの妖怪かー。猫君がこの神社にいる理由は？」
　五本の煮干しを纏めて口に入れ、食べながら答えた。
「昔からの、遊び場……ごはんくれる……人がいるから」
「ふーん、そうなんだ。最後に、この神社はいつからあるの？」
「ずっと前から。ごはんは？」
「こんなに食べるとは思わなかったから。さっきの一本で終わりだよ」
　三毛猫はしゅんとした様子で向きを変えた。とぼとぼと歩いていく。
　見送りながら飛鳥は立ち上がった。
「悪霊のいない理由がわからなかったなぁ」
「悪い霊はいるよ」
　三毛猫は立ち止まって言った。
「ここに悪霊がいるの？」
「そこにいるよ」
　前脚を上げて場所を示す。
「猫君、ありがとう」
　飛鳥はにこやかな表情で軽やかに歩き出した。その足取りが急に重くなる。
「なんか抵抗を感じるんだよなぁ」
　視線が地面に向かった。苔むした石塊に混じって白みを帯びた小石が目に付く。
「あの石が人払いの結界かな」
　飛鳥は早口で囁いた。速度を取り戻した状態で布を被せた物体に行き着いた。
「保護色とは慎重だねぇ」
　布をたくし上げると錆が浮いた物置の一部が露わになった。観音開きの合わせ目には長方形の紙が貼られていた。
「確かに封印の霊符だねぇ。でも、ちょっと効力が落ちてるかな」
「それに触るな」
　腕組みをした真理が敵意を剥き出しにした眼で睨む。
「僕は君の敵ではないよ、たぶんね」
「何をしようとした」
「現地調査に来ただけだよ。僕はこの島の人間で、拝み屋の家系なんだ。だから、悪霊は放っておけない」
　相手の言葉を反芻するような顔で真理は口を閉ざし、わかった、と一言で話を終わらせた。去ろうとする背中に飛鳥が言葉を投げ掛けた。
「ひとつだけ、僕からいいかな」
「なんだ？」
「弱まった封印から漏れる力は、そんなに強くないと思う。僕の見立てでは、君は悪霊を祓えるよね」
「……人嫌いの、私の気紛れだ」
　真理の言葉に何を感じ取ったのか。飛鳥は浅く頷いた。
「邪魔したね。念の為に僕は周辺を見てから帰るよ」
「了解した」
　先に真理が動いた。きびきびとした様子で拝殿へと歩いていった。
「こんな心霊スポットがあるなんて。これも落神さんの影響かな？」
　飛鳥は一人、周辺の探索に乗り出した。

このページにイラストを設定する