●猫と笑いの……！

　現在、舞台には恵御納 夏朝の姿があります。
　夏朝はとても……緊張していました。かつて、これほどまで緊張したことはありません。だけどなけなしの勇気を振り絞り、単身でステージに上がったのでした。
「にゃー」
　と、言ってみると、なんだか温かい空気です。
　受け入れられている……と思います。
　夏朝は大きくてもこもこです。
　どういうこうことかと言いますと、猫の顔出し着ぐるみパジャマ、それも大きめのものを着ているからです。
「にゃーにゃー」
　夏朝は踊り始めました。題して、にゃんこちゃんダンスを。
　まさしく猫のように転がって、猫の跳躍力でぱっと飛びます。
　好きな動物は猫。好きなものは猫グッズ。猫が多い、という理由でこの学校を受験した彼女です。ようく観察して学んだ猫的な動きは、かなりのものがありました。
　二分ほど踊って感心させたのち、突然舞台が暗転しました。
　これは演出、直後スポットライトが灯ると、ステージにはパジャマを脱いだ彼女の姿がありました。今度の衣装は、猫風に耳や尻尾をつけたピエロ衣装です。
「にゃにゃ」
　笑顔を見せて今度は、ジャグリングを開始します。
　まずはお手玉、二つのボールからはじめて、三つ、四つ、一気に七つ……八つめを失敗しましたが、見事な技に拍手が湧きました。
　おどけたポーズでリングマジックを披露、三つの鉄の輪が、つながったり離れたりと愉快に変化します。
　そして最後に被った帽子から鳩を出し、喝采を受けた後またもや暗転。
「にゃにゃにゃ！」
　三度目の衣装が登場しました。そう、夏朝はさらに下にも着込んでいたというわけです。
　今度はずっと飾り気のないパンツルックです。シンプルでダンス向き。夏朝はその点を活かして、これまでにないほどダイナミックな動きを見せました。
　突然流れ出したBGMに合わせて……。
　飛びます。側転、バク転、自由自在。
　回ります。ブレイクダンス。ネックムーブ、スパイラルウィンドミルと華麗な技。
　さらには身をくねらせ、左右開脚まで見せました。
　ぱっとポーズを止め、一礼して夏朝はステージから駆け下りました。
　踊っているときは夢中だったけど、やはり気恥ずかしいのは事実。でもダンスのミスはなかったし、大きな拍手に送られての退場なのでいい気分ではありました。
「はあ……」
　控え室に飛び込むと、夏朝は大きな息をついて座り込んでしまいました。両手には、脱ぎ捨てた衣装を抱えています。
「よう、受けてたじゃん」
　ニヤリと笑って彼女に、八十八旗 信彦が手をさしのべてくれました。
「……あ、八十八旗君」
　ありがとう、と手を取って夏朝は立ちました。
「ひこにゃんと呼んでくれ。次は俺たちの出番だけど……夏朝ちゃんの後だとやりにくいな……君のその澄んだ瞳で応援してくれないか」
「何やってんのこのチャラひこ！」
　ところが、その背を、ボスっとどやしつける手がありました。
「チャラ……これはレディに優しい紳士な対応だぞ」
　背中をさすりながら彼は、瑚野上 栞凪を振り返ります。
「ハタから見えたらただのウサン臭いナンパ野郎にしか見えないっての！」
　両の腰に手を当てて、どうやら栞凪はご立腹のようです。なお彼女は、ちょっとした事情でセーラー服姿だったりします。
「なんだとお！　このブラックカードが目に入らん……」
　と懐に手を入れた信彦を押しとどめるようにして、屋敷野 梢が声を上げました。
「あのお二人さん、もう出番ですよ……スベリタイムのー」
「スベリタイムじゃない！　漫才！」
「まあ、ひこにゃんが相方だからスベっても致し方ないとは思ってるけどねー」
　などとやりあいながらも、信彦と栞凪はステージに駆けていきました。
　……いえ、信彦だけ戻ってきました。ぴしっ、と妙なポーズを決めて放つ一言は、
「応援ヨロシク！」
「だから急がないと手持ち時間なくなりますよー」
　梢が溜息ついたので、慌てて信彦はステージに飛んでいきました。

　ちゃらんちゃらんちゃらーん。
　妙な効果音とともに、一本のマイクのところへ信彦と栞凪が駈け込んできました。
「どうもー！」
　拍手を受けて続けます。
「はいどうも、１－２のイケメン学級委員でお馴染みのひこにゃんです！」
「どーも、セーラー服で頑張ります☆　１年３組・栞凪でーす♪」
「さて、私達１年生は受験戦争を見事に勝ち抜いて、晴れて寝子島高校に入学できたわけですが、思い返すと受験のために色々頑張ったよね」
　話し始めたのは栞凪です。
「もう受験のプロといっても過言ではないよね？」信彦が応じます。
「受験のプロって何よ。そんなこと言って油断してると、すぐに大学受験準備しなくちゃいけなくなるんだからね？」
「そっか、高３になると、また受験が控えてるもんね？　じゃあ、我々受験のプロから先輩方に受験のイロハをアドバイスしてあげないとね」
　はい、やや受け。
「先輩方に上から目線すぎるでしょ！？」
「まず一つ目！」
「あれ？　スルー？」
　もう少し笑いが出ました。
　ぺこぺこと頭を下げ栞凪は言います。
「先輩がた、失礼で申し訳ないですけど、聞いてあげてください。で、一つ目は何？」
「目標を明確化しよう！」
「あれ？　意外と良いこと言った？」
「自分が大学受験するのか、もう一度高校受験するのかハッキリさせないとね？」
「そこから悩む人なんていないよ！？」
　お、受けたぞ。
「次に二つ目！　会場と試験日時を確認しよう！」
「あれ？　今度もマトモなこと言った？」
　天丼というやつですね。そして、
「できれば、事前に足を運んで確認しておきたいよね。交通機関、会場の場所、近場のオシャレな飲食店、素敵なデートスポット、ラブ……」
「それ以上言わせないよ！？」
　よし受けました。
「後半、全く要らないよねっていうか試験会場でナンパでもするのか！」という栞凪を流して、
「最後に一番大事な三つ目！」
「えー、まだあるの？」
「お家に帰るまでが受験デス」
「遠足か！？」
　残念。やや受けです。
　――いかん！　
　と、ここで梢が出動しました。実は彼女、信彦が去るや『ろっこん』を発動、蝶に変身して舞台上に隠れていたのです。
　突如、信彦の頭上から水風船が落ちてきました。
　当然破裂！　しぱーん。
「ちょ……！　なに！？」栞凪は仰天しますが信彦は強い。
「ふっ、水も滴るイイ男ってヤツさ」
　ところがここで水風船パート２。しぱん。
「意外と冷たいよこれ」まだ余裕の彼ですが、
　パート３。ぱん。
「ちょ、もう次の台詞忘れる！」
　上を向いた信彦に待ってましたと、梢、全弾発射！
　しぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱーん。
　ついでに栞凪にもぶつけます。しぱぱぱぱぱ以下略。
「私ツッコミ！　ツッコミ側だから！」
　さすがにこれは受けました。どっと笑いが起こったので、急遽話を引き戻します。
　ぐっしょんぐっしょんになりながらが言います。
「もー、もっとためになるアドバイスないわけ？」
「カンナ、心配いらないよ」
「えっ？　どうして？」
「この素敵な寝子島高校の先輩方だよ？　どんな難関だって余裕に違いない」
　上手いこと言った！　……と言いたいが反応、微妙。
「ねぇなんでハードル上げたの！？」ときて、永遠の決め台詞、
「もー、いい加減にしなさい！」
　返ってきた反応は。
　しぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱーん。
　なぜかアヒルのオモチャまで降ってきてごーん。
「まだ水風船残ってたんかーい！」
　二人揃って、
「どうも、ありがとうございました」
　わー。拍手。
　といった感じで、純粋な漫才とは言えませんがそれなりの笑いを勝ち得て、二人（と、後から追ってきた梢）は舞台を降りたのでした。
　さて海原会長といえば……彼は、ただじっと下を向いていました。
　なにかあったのでしょうか。
　ぐしょ濡れになった栞凪の姿を最前列の席で目の当たりにして、なにやら感じるところがあった……のかもしれません。