●そして……会長は！？
　
　……と、終わってめでたしめでたし、といきたかったのですが、ここで一つ、忘れていたことを回収して本当に終わりとしたいと思います。
　それは、
　『結局のところ海原茂会長は感銘を受けたのか！？』
　という疑問の答です。
　今年は例年にないほどに見事な新歓祭でした。
　美しく終わったのでもう承認ということでいいと大半の人は思っていますが、それでも一応、『生徒会長に大きく感銘を与える』というミッションが果たされたかどうかは気になるところでしょう。
　それでは、蛇足かも知れませんがその行方を追ってみましょう。

　幕が下りたステージの上に、靴音高く飛び込んでいく姿が二つありました。
　一人は大田原 いいなです。
　いいなは怒っています。かっかと熱が頭にたまっています。
「何も変化なし、で、あったか……！」
　ドシンドシン舞台を踏みながら、これまでのことをいいなは思い出していました。それで怒っているのです。
　たしかに幕が下りるまで、茂は平素と変わらぬ表情でした。
　演し物に反応らしい反応を見せなかったばかりではありません。
　いいなが、発泡入浴剤を溶いた水とフィルムケースで作ったテロ兵器（？）『発泡入浴剤ろけっと』をしかけようと、
　同じく、テロ兵器第二弾（？？）として飲み物を『化学部謹製・アメーバ状ゴム』にすり替えようと、
　まったくもって、彼は平然としていました。
　気に入りません。
「なんの変化も見せぬとは、生徒会長は新歓祭の意味を分かってるのか？」
　いいなとしては許せない話です。作り笑いでも嘘びっくりでも、なんらかの大きなリアクションをするべきではありますまいか。
　茂がそういった大きな反応を『しない』のではなく『できない』ということをいいなは知りません。
　ただただ、怒っています。
　このままでは心拍数が１００を超えそうです。
　こうなったら……いいなは心を決めていました。
　――表情を変えぬのであれば、儂が顔を引っ張って無理繰りにでも変えてやるわ！
「やい！　生徒会長殿！　……貴様はこのまま顔を微動だにせんで終わらせるつもりなのかや！」
　と、茂の姿を求め、いいなが発見したものは……。

　目を回してぐったりしている茂の姿でした。

　漫画的に表現すると両目がグルグル渦巻きといったところ、あの海原茂ともあろうものが、舞台裏にズデーっと仰向け大の字になっています。あのハンサムが台無しな感じで、両の鼻には丸めたティッシュまで詰められているではありませんか。どうやら鼻血が出たようですね。
　そんな状態で彼は、
「会長、会長、しっかり……！」
　と、多くの女生徒に囲まれ声をかけられているのでした。
　なにやら冷水を浴びせられた気分ですが、とにもかくにも事情を知るべくいいなは彼を目指します。
「やや！　これは面妖な！　これ会長殿、起きるのじゃ！　起きて儂の……」
「……っと待ったあ！」
　ところがいいなの襟首を、でりゃあ、と引っ張る者がありました。
　それは鬼河内 萌、巨大なピンクのリボンと八重歯、ちみっこいけれどなかなかの美少女でした。いいなは一年一組で萌は二組、互いに面識くらいはあります。
「抜け駆けは駄目なんだよ！　海原会長のキスはボクがもらうんだから！」
　萌はぴいんと人差し指を立てていました。
　そうです。幕が下りたステージの上に、靴音高く飛び込んでいったもう一人の姿とは萌だったのです。
「キス？　……接吻ということか、一体何を言っているのじゃ！？」
「ただのキスじゃないの！　それもボクのファーストキス！　会長にとってもそうだったら嬉しいなあ……」
　ほわんと夢見る乙女な表情と口調で、そんなことを萌は言うのでした。
「ボクは思ったんだよ。今までの新歓祭で生徒会長に告白した人っているのかな？　……って」
「そんなやつはおらんじゃろう！」
「だよねー。ボクもそう結論を出したから『会長を驚かすには捨て身のアタックが一番』と考えたんだ。ボクの大事なものを捧げて、それで『好きでーす！』、って告白しようかと」
「ちょ、ちょっと待て！　会長の気持ちは考えたのか！？」
「会長の気持ちを動かすためだもん！　それでね、キスの効果音がズキュウウウンって鳴るの。それで周囲の取り巻きが、『さすが萌ちゃん！』『おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる！　あこがれるゥ！』って叫んだり」
「いやそんな憧れんだろう！　ていうか誰が叫ぶ！？」
「『初めての相手はこの萌だッ！ーーッ！』とか大見得切ったりして」
「ていうか無理矢理はいかんわ！　無理矢理は！」
　……と言ったところで、その『無理矢理』を自分もやろうとしていた（やり方は別ですが）ことに気づいて、なんだかいいなは黙ってしまいました。
「でも会長、もう反応しちゃったんだ……やっぱり劇の最後で、沢山の女の子に抱きつかれたからかな？　それとも、自分で自分の台詞にショックを受けたとか……？　会長って、純情そうだから……」
　純情、なんでしょうか。
　やっぱり噂通り、ムッツリ精神が暴走して茂の回路をショートさせたのでしょうか。
　その答はとりあえず、棚上げということになりました。
　ともかく会長はノックアウトされていることですし、良しとしようではありませんか。

　それではこれで、新歓祭は本当におしまいです。
　もう一度言わせて下さい。
　おめでとうございます、と。
　あなたたちはまぎれもなく、実に実に誇らしいくらい、この学校の生徒なのです。



　『【新入生歓迎会】挑め！　新入生歓迎大祭、略して……新歓祭！』　完