Geheime Maske｜リアクション

Geheime Maske

　多分普段なら、面白い事をする子もいるんだな、程度で流してしまったのだろう。けれどその日、ポスターに書かれた文面は十文字若菜の足を止めるには十分だった。極彩色に彩られたポスターに指を這わせ、ポケットから携帯を取り出す。母親から先ほど入ったメールを開き、素っ気無い言葉に唇を噛む。
　今度の週末に、実家に帰って来なさい。
　有無を言わせぬ圧力を感じ、携帯を閉じる。嫌だ、帰りたくなんてない。帰って何をするの？　どうせ、喧嘩になるだけ。夢を諦められない若菜と、それを否定する両親。埋まらない心の溝は深く、歩み寄れない距離は遠い。伝わらない情熱と、分かってくれない苛立ちが心の中で燃え上がる。辛い、苦しい、手の届かない胸の奥が、痛い。
　鞄の中からスケッチ用の紙を取り出し、心のままに描く。黒いペンで丸を描き、そのままグルグルと紙いっぱいに線を引いていく。ピンクの色鉛筆で星を描き、青いペンでグチャグチャに塗りつぶす。星ヶ丘教会礼拝堂の美しいステンドグラスが脳裏を過ぎる。海中にいるような、空中にいるような、見ているだけで息を呑むあの美しい光景。キラキラとしたあの世界を、自分の手で作ってみたい、誰かを感動させる何かを残したい。
　ステンドグラス職人が、将来的に考えて楽な仕事ではない事は分かっている。両親が若菜の事を心配してくれていると言う事も、理解している。でも、どうしてこの気持ちを分かってくれないのだろう、知ろうとしてくれないのだろう。生半可な気持ちで見ている夢じゃないのに。……どうして？　何で私の言葉を、聞いてくれないの ――ッ！
　色鉛筆の芯が折れる音に、若菜ははっと我に返ると、色々な色彩が混じり合った歪な絵を見下ろした。グチャグチャに乱れた絵、醜い色の集合体。自分の心を見せ付けられているようで、若菜は唇を噛むと乱暴に絵を掴んだ。

このページにイラストを設定する