Geheime Maske｜リアクション

Geheime Maske

　描いた絵がゆっくりと炎に抱かれるのを見て、薫子は目を細めた。羽の開かない天使は迫り来る炎に抵抗することすら出来ずに、ただ燃えて行くしかない。
　親にとって子供は、天使みたいで可愛いとよく聞く。薫子自身も小さな赤ん坊を見ると可愛いと思うし、守ってあげたいと思う。無邪気な瞳は愛らしく、不思議と笑顔になれる。子供は天使、その言葉を疑うつもりはない。けれど本当に子供が天使だとしたなら、どうして母親は薫子を捨てたのだろう。どうして、虐待などしたのだろう。
　子供を産める身体になってから、薫子は不意に心に広がる疑念に悩んでいた。赤ちゃんは可愛い、けれど、もしも薫子に子供が生まれた時、本当にその子を愛せるのだろうか。虐待を受けた子供が、自分の子供を虐待する、そんな悲しい連鎖になってしまうのではないだろうか。
　母親の目に薫子が天使だと映らなかったように、薫子の目にもまた、自身の子供が天使だと映らなかったら……？
　泣いても応えてくれない。どんなにお腹が空いても、食べ物を与えられることはない。孤独、恐怖、徐々に弱っていく身体。母親の冷たい目は、薫子から逸らされる。まるでそこに薫子などいないかのように、母親の目には何も映らない。まだ薫子を見ていてくれた時、母親の目には薫子はどう映っていたのだろう。知る術はないけれども……。
　もしも薫子に子供が出来たら、天使はどう見えるのだろうか。その答えが出るのはまだまだ先の事で、神様にも分からないだろう。でも、自身の子供なのだから、愛したい、幸せにしてあげたい、心からそう思う。一生傍にいたいと思える相手の子供を身ごもる、それがどれだけ幸せで素敵な事なのか、今はまだ現実的に想像はできないけれども。
「まぁ、まずは彼氏を見つけるところからじゃけどなー！　やはははーー！！」
　薫子は立ち上がると、そう声に出して笑った。

　燃えた想いは、天へと還って行くのだろうか。
　灰色の煙を見上げながら、武道はポケットに入れていたメモをそっと取り出すと、皆が見ていないのを確認してから火の中に放り投げた。殴り書いた文字が、見る間に炎に包まれ、崩れていく。
　俺の本質に誰か気づいてくれ。
　心の底で燻る叫び声。誰かに知って欲しい、気付いて欲しい、けれど誰にも知られたくない。だって武道もドゥーエも、そんな人間じゃないから。自分の立ち位置は、分かっているつもりだった。道化なくらいが丁度良い、皆が笑顔になってくれればそれで良い。だけど、たまには吐き出したくなる。いつも笑っていられるほど、武道は強くない。……否、笑うことが強さなのだろうか？　誰にも本心を見せず、ただ明るく振舞う事が、強い人間の証なのだろうか？　……強くなりたい？　違う。そうじゃない。ただ、皆に笑って欲しいだけ。それは何故？　悲しいよりも、楽しい方が好きだから。でも、楽しくしようと無理に明るく振舞う事は、本当の楽しさなのか？
　もしも誰かに自分の弱い部分を曝け出したら、相手はどう反応するのだろうか？
「ドゥーエ？」
　不意に呼ばれて、武道は顔を上げた。薫子が不思議そうな顔で首を傾げ、長い灰色の髪がサラサラと肩を滑り落ちる。
「今日は随分大人しいんじゃな」
「大人しい？　いやん、そんなことないぜぃ！　ちょーっと火に当たって暖を取ってただけだぜーい☆」
「ほう……この蒸し暑い初夏に温もりを求めるとは……ドゥーエの正体は猫じゃな！」
「俺はコゼットの目にそんなに可愛く映ってるのか。今度、猫耳でも買ってくるかな！」
　笑う。マスクでは隠れない口元だけ、必死に笑顔を作る。目元が笑っていないのを、悟られたくない。けれど、いくらマスクの目元が笑っていても、薫子の茶色い瞳に見抜かれてしまいそうで、武道はそっと顔を背けた。