Geheime Maske｜リアクション

Geheime Maske

　何となく途中で抜けられなくてついて来たお屋敷の前で、水樹は意を決して一番大人っぽくて賢そうに見える寿美礼に今回のイベントの内容を尋ねた。寿美礼は一瞬だけ怪訝な顔をしたものの、すぐに趣旨を教えてくれた。
　燃やしたい気持ちを燃やす……そうは言っても、自分にそんなものはあっただろうか。基本的に、嫌な事はすぐに忘れてしまうタチなので、例えあったとしても忘却の彼方に葬られてしまっているだろう。何か適当にお願い事でも書いて燃やそうかな。そう思ったとき、記憶の底から沸きあがってくる光景があった。
　あれは今から十年ほど前、小学校で一番仲の良かった友達が「また明日ね」と声をかけて別れて、そのまま二度と会う事はなかった。確かにまた明日と約束したのに、その子は翌日学校に来なかった。いや、来れなかった……。
　脳裏にテレビの画面が映る。焼け焦げた家、沢山の野次馬、淡々と原稿を読むアナウンサー、右上に赤く表示された住民死亡の文字。周囲は見たことのある風景で、映し出された笑顔の写真は昨日帰り際に見た顔と一緒で、水樹は呆然とその場に立ち尽くした。母親に連れられて足を運んだ火災現場には黄色い立ち入り禁止のテープが張られ、興奮したような顔で携帯を片手に撮影する野次馬と、厳しい顔で仁王立ちする警察官の顔が対照的だった。
　何度か、遊びに行った事がある。優しいお母さんに、手作りの御菓子をご馳走してもらった事もある。大きな窓から見える庭はよく手入れがされていて、部屋の片隅に飾られた家族写真は楽しそうで……羨ましくなるほど、素敵な家族だった。それなのに、今はもうどこにもない。残されたのは、黒く焦げた焼け跡だけ。
　もしも生きていれば、彼女ももう二十歳だ。きっと、水樹よりも綺麗な女性になっていただろう。でも、思い出すのは十歳の時のまま、将来美人になるだろうと期待できる、美しい少女のまま。
　彼女が生きていれば、多分親友になっていた。サバサバした水樹と、思慮深い彼女。正反対のようでいて、丁度良く均衡が取れていた。恋の悩みや、将来の悩み、時々お酒も呑んだりして、過去の思い出話に浸りながらも将来の事を相談し合ったりして。もしも、生きていれば……。
　足元に落ちた涙に、水樹は手の甲で目元を拭った。止めたくても止められない涙は視界を滲ませ、ふと目の前に綺麗に畳まれたハンカチが差し出される。眼鏡をかけた高校生が、極力水樹の方を見ないように気遣いながらも「もし良ければ使ってください」と小さく声をかける。
「ありがとう」
　水樹は譲の好意を素直に受け取ると、鞄からルーズリーフとペンを取り出して、心に広がる悲しみを書き綴った。昔を思い出しながら、紙をハートの形に折る。もう何年も折っていなかったけれども、水樹の指先は小学校の頃を覚えていた。そっと火に近づき、手紙を燃え盛る炎の中に入れた。彼女を飲み込んだ炎に、水樹の想いを届けてくれるよう託す。
「これ、洗って返すから」
　手紙が黒く燃え切ったのを見届けてから、水樹は譲を見上げた。
「いや、そのままで……」
「ダメよ。それじゃ私の気がすまないわ」
　強い意志を持った濡れた瞳に折れたのは、譲だった。