Geheime Maske｜リアクション

Geheime Maske

　表に出せない気持ちを紙に書いて燃やすなんて、面白いと思った。もしも自分にそんな感情があるとしたら、そう……剣術に関する事だろう。
　御剣刀は、無意識に会った人の急所を確認して刃を通すイメージを抱く癖がある。確実に相手の息の根を一撃で捕らえられるように、相手が動き出すよりも先に動きを封じられるように、無意識に脳内に光景が広がる。刀を手に取り、相手の急所に刃を向ける。一連の動作は流れるようで無駄がなく、相手を貫いた時の感触まで手に再現される。
　剣の道に生きる者ならば、自然な事なのかも知れない。けれど、寝子島の穏やかな生活の中で生きる刀は、そんな残酷な想像を否定する。剣術を極め、それ以外のことを余分なものだと切り捨てる自分と、寝子島で友達と一緒に平穏な生活を送る事を優先する自分。どちらも御剣刀であることには変わりないのに、真逆の感情が心の中でぶつかり合い、不協和音を奏でる。
　命がけの場に立った時、気持ち悪いと感じながらも相手に突っ込んでいく。相手を倒す事を優先し、周りが見えなくなる時がある。心の奥から湧き上がる高揚、寒気さえするような明確な殺意の衝動、楽しいとすら思えるような命と命の削り合い。
　この島に来て、たった一度だけ本気で剣を打ち合えた少女がいる。彼女はもうどこにもいないけれども、もしもまた出会えたとしたら、同じ様に剣を打ち合いたい。あの時の興奮を、もう一度味わいたい。
　時々、酷く不安になることがある。自分の剣は、何のためにあるのかと……。
「刀ちゃーん！」
　元気の良い声が聞こえたのは分かっていた。けれど、熟考していた刀は真央が走ってきている事に気づくのが遅れ、思い切り側面からのアタックを受けた。日々鍛錬を欠かさない刀は吹き飛ばされることはなかったものの、よろめきはした。一体何が起きているのか答えを求めて真央を見下ろし、純粋無垢な輝く笑顔に叱る気が失せる。
「刀ちゃん！　仮面の怪盗を見なかったのだ！？　真央ちゃん、探しているのだ！」
「……は？」
「寝子高放課後秘密怪盗倶楽部のカルネヴァーレなのだ！　仮面をつけて、煙のように消えるのだ！」
　突然の超展開についていけない刀が助けを求めて武道と松生を見るが、助けて欲しいのは松生も同じだった。何故急に怪盗の単語が加わったのか考えながらも武道がフォローを入れようとした時、廊下の向こうを歩く寿美礼を見つけた。寿美礼の顔には仮面がつけられており、真央が見たら取材を申し込みに走っていくだろう事は容易に想像できる。
　下手をすると見逃してしまいそうなほど沢山貼られた紙を丁寧に集めながら、寿美礼は取り残しをしないようにと気を張っていた。誰が描いたものなのかは気になるが、詮索はしない約束なのだから、内容も見ないで集めて行く。
　焦った武道は持っていた絵を刀に押し付けると、キラリとイケメンスマイルを浮かべた。
「悪いが俺は急用を思い出したのでお先に失礼するぜーい☆　刀くん、申し訳ないが後は頼んだ！　俺の想いは全て君に託す！　立派に任務を遂行してくれる事を祈ってるぜーい！」
「え！？　ちょ……志波先輩！？」
「あ、そうそう。あっちにまだ残ってたはずだから、頼んだぜーい！」
　寿美礼が歩いていた方とは反対側を指差し、健闘を祈る！　と敬礼した後で走り去る。残された刀は困惑しながらも真央と松生を交互に見てから、小さく溜息をついた。
「まあ、俺も燃やしたいものがあったし、別に良いか……」
「武道ちゃんセンパイ、急に如何したのだ？　……まさか！　美猫との逢引の約束でもあったのだ！？」
　そんな約束をするのは真央くらいなものだろう。明日武道ちゃんセンパイにどんな猫とデートしたのか聞いてみるのだ～！　と張り切る真央をよそに、松生は刀の持っている絵を半分受け取ると歩き出した。
「あたしも燃やしたいものあるし、回収手伝うわ」