Geheime Maske｜リアクション

Geheime Maske

　色の抜けた白い髪に、血が透けて見える赤い瞳。肌は蒼白く、長い睫毛ですらも白い。父と母は、色素の薄い桜月を怖がって、祖父母に預けた。多分、もう二度と向こうから会いに来る事はないだろう。そんな考えを察してか、祖父母は両親の事は触れずに月を育ててくれた。時に厳しく、それでも優しい祖父母。月は祖父母の愛情をいっぱいに受けて育ってきた。
　祖父母に不満なんてない。人並み以上の愛情を持って育ててくれた祖父母に抱くのは、感謝の二文字。大好きなお祖父様、大好きなお祖母様。でも、父や母の誕生日、父の日や母の日などの節目には、やはり意識してしまう。二人は、今何をしているのだろうかと。
　体よく捨てられたんだって、気付いている！　怖がられている事も、気持ち悪がられている事も、分かっている！　それでも、問われれば答えるだろう。
　今でも父と母は好きか？　……ああ、今でも好きさ、大好きさ！
　全部分かってる。両親がもう月を必要としていない事も、月の存在を疎ましく思っている事も、理解している。それでも、好きな気持ちに嘘なんてつけない。……どうしようもなく、両親が好きだ。
　この気持ちが報われる事がないと、分かっている。祖父母に言ってしまえば悲しまれる事も、全部分かっている。でも、理屈で感情を殺してしまえるほど、冷たい人間にはなれない。
　言葉に出さなければ、胸に秘めているだけならば、きっと許してもらえる。心の中は誰にも見えないから、いくらでも自由になれる。ただ、時々辛くなる。表さない感情は桜の中だけに息づいているものであって、周りから見ればないも等しいものだから。
　だから、絵を描こう。家族が仲良く揃っている絵を。月が真ん中で、両方の手は両親につながれていて、皆笑顔で、空には太陽が輝いていて、悲しさの欠片もないような、明るく楽しい家族。誰もが羨むような、幸せそうな家族。
　そして、それを燃やそう。……そんな家族は、どこにもいないのだから……。

　想いを燃やす。その言葉に、弥逢遊琳は足を止めた。極彩色に塗られた賑やかな絵に、Carnevaleのカード。直ぐに何が起きているのかを理解すると、七色に彩られた絵に手を伸ばした。黒く塗り潰され、目茶目茶に彩色されてはいるものの、透けて見える絵は繊細で美しい。しかし、そこには虚ろな感情が見え隠れしている。
　もしもこの絵を描いた人を遊琳の世界に変えるとしたら、花はシレネ。託す言葉は、偽りの愛。そこまで考えて、どうしてそんな事を思ったのだろうと、絵に目を向ける。写真のように綺麗な絵は、美だけを静かに語っていると言うのに。
　考えすぎ、かな。
　遊琳はそっとその場を離れると、周囲に人がいないのを十分に確認してから開いている教室に入った。

　多分、制服でなければ男だとは分からなかっただろう。真剣に絵を見る横顔は少女のように美しく、思いつめたような表情は声を掛けるのを躊躇わせるほどだった。貞広護堂は、遊琳の消えた廊下の先に暫し目を向けた後で、絵に視線を移した。
　燃やしてしまいたいほど強い、言葉に出来ない気持ち。誰にも相談できなくて思い悩んでいるのか、それとも、口にすることすら出来ない悩みなのか。その微妙なニュアンスは分からず、深入りする事は出来ない。けれど、困っていたり悩んでいる人を放って置く事は出来ない。
　何か少しでも力になれれば。そんな思いで、護堂は美術室へと歩き出した。