Geheime Maske｜リアクション

Geheime Maske

　細い指を鉛筆に絡め、美崎岬は茶色い垂れ目を細めた。表す事が出来ない気持ちは、届かないと分かっていても、燃やす事で届くかもしれないという淡い希望を抱けるのなら、描くべきなのかもしれない。
　コピー用紙に、黒髪の少女を描く。可愛い洋服も着せて、口元はにっこりと微笑んで。でも、どうしても思い出せない目の部分は黒く塗り潰してしまう。着ていた服も、髪が靡く様子も、全部覚えているのに、どうして目だけは思い出せないのだろう。
　裏返して、黒く濁った目玉を二つ、こちらを見るように描く。紛れもなくこれも、彼女の目。こっちはすぐに思い出せるのに、どうしてこの目以外は記憶から抜け落ちてしまったのだろう。……記憶って、不思議ね？
　絵を綺麗に折りたたみ、ポケットに仕舞う。ペストマスクをつけ、髪に花の飾りをつけ、息を吸い込む。脳裏に浮かぶ濁った瞳から目を逸らして、微笑む。
　心に秘めた想いを展示するお手伝い。勿論、詮索はしないわ。けれど、話すことで気が晴れるなら、私で良ければ話を聞くわ。あなたが言葉に詰まっても、話し出すまで待っているわ。こう見えて、聞き上手なのよ？　ほら、私をあなたのキャンバスにして。言葉の絵の具で絵を描いて？
　大丈夫。私はまだ、大丈夫。そう、私はイアーゴー。旗持ちイアーゴー。とっても貪欲だけど、嘘は吐かないの。だから、ね？　私の事、信用して？
　……例え私が言った事が嘘でも、真実にしてしまえば良いだけの話でしょう？

　唇をペロリと舐め、添木牡丹は楽しそうに口角を上げると灰と赤の瞳を細めた。最近、こうやって顕在出来る日が増えて嬉しい。この調子でこの身体を乗っ取ってしまえれば、どんなに良いだろうか。愛しくて憎くて、狂おしい、殺したいほど大切なのばら。あの子がいなくなったら、どんなに素敵な世界に変わるのだろうか。
　面白い事を求めて足を向けた美術室前で、見知った顔を見つけて牡丹は足を止めた。女性と見紛うほど綺麗なあの人は、確か同じクラスの子だ。
「こんにちは、美崎さん」
　無視しても良かったけれども、一応フレンドリーに挨拶しておく。
「あら、こんにちは牡丹ちゃん。今帰り？」
「えぇ……」
　頷きかけて、壁に貼られた絵に気付いて目を向けた。黒く塗り潰されてはいるものの、下の絵も薄っすら透けて見える。写真かと思うほど美しく整った絵だった。目を凝らせば細部まで綿密に描かれ、かなりの技術を持った人が描いたと分かる。
「この絵……とても綺麗だけど、中身の無い絵ね」
「よく言われるんだ」
　不意に美術室から出て来た少年が、アンバーの瞳で牡丹を見上げる。
「情熱も愛もない空虚で、生きようとしていないなんて、人間の屑ね。無駄に生きるなんて、死者に対する冒涜よ。私、そういう人は大嫌い。死ねばいいと思うわ」
　そこまで言って、牡丹ははっと我に返った。つい本音が出てしまったけれども、大丈夫だろうか。皆の知っている添木牡丹はこんな事は言わない優しい子。面倒臭いけれども、何かしらフォローを入れないと面倒な事になるかもしれない。どうしようかと考える牡丹の前で、王輝が艶やかに微笑むと背伸びをして顔を近づけた。

　久しぶりに来た母校は以前と変わっておらず、脳裏に浮かぶ自分の高校生姿が懐かしくて、思わず用事を済ませた後もフラフラと校内を歩いていた。放課後の校舎は静まり返っていたものの、城山水樹の胸に大切に仕舞われた思い出のページは賑やかで、ふと足を止めれば当時の音が聞こえてくるようだった。
　たった三年の高校生活だったが、宝石のような毎日だったと懐かしむ事ができるのは、きっと水樹が大人になったからだろう。
　壁に貼られた妙な張り紙に気付いたのは、懐かしい思い出に浸って足元に落ちていた視線を上げた時だった。不思議な言葉に導かれるようにして爪先を向けた美術室で、水樹は冷たい言葉を聞いた。
「死ねばいいと思うわ」
　背の高い黒髪の少女が、小さな少年に辛辣な言葉を浴びせる。まさかのイジメ現場に、仲裁しようとした時、少年がゾクリとするほど色っぽく微笑むと少女の耳元に口を寄せた。何を言っているのかは分からなかったが、少女の瞳が驚いたように見開かれ、すぐに狂気的な笑顔へと変わる。
「アハッ！　そう言う事なの……。それなら、訂正するわ。あの絵はとても良い絵よ。情熱的で、アイに溢れていて！」
　クスクスと笑う少女の前で、少年が虚ろな瞳を水樹に向けると「どうぞ」と、美術室の中を指し示す。他者を拒絶するような冷たい瞳には妙な迫力があり、水樹はわけも分からないまま教室に入ると手近な椅子に腰掛けた。

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Geheime Maske

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