【お三夜】猫と人、あまたの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と人、あまたの世界が交わる夜

　踊・喝采

　お三夜の夜。
　梓智依子は娘の楓と、高校の同級生たちと、祭りの夜を楽しんでいた。出産と育児を挟んでみんなより遅れて高校に入学した智依子は、高校二年生になったいまでは三つ年下の同級生たちから姉のように慕われている。十四歳で産んだ秋生まれの楓はもうすぐ六歳で、すっかり同級生たちの愛すべきマスコットの座に収まっていた。楓のほうも、ちやほやされるのが楽しいようで、お姉ちゃんたちの前でくるっと回っておしゃまなポーズ。

「みてみてー。二本足で立つねこさんの真似！」

「きゃー、かわいいっ！」
「ねこな楓ちゃん、天使っ！」
「楓ちゃんはあたしらの推しですよっ！」
　……訂正。
　マスコットどころかアイドルだ。
「楓。調子に乗ってはしゃぎすぎないの。人にぶつかるよ」
「えへへっ。ママとみんなといっしょで楽しいんだもーん」
　そういって楓は覚えたてのステップを踏む。
「楓ちゃん上手ー！」
　拍手を貰って得意げな楓。愛嬌があって物怖じしないところは彼女のいいところ、と智依子は自分に言い聞かせてみるものの、母目線だとひやひやすることもままある。
「あっそうだ！　お姉ちゃんたち、これみて！」
　楓は智依子の手からスマホを奪い取ると、慣れた手つきでアルバムの中に入っていた動画を呼び出した。ちいさな指が動画の再生ボタンを押すと、智依子たちが踊っている映像が流れはじめる。近ごろ楓は『ママと同じダンサーになる』といって、週に２度ほど智依子からダンスの基礎を教わっている。動画は、自分で動きを確認できるようにと練習風景を撮ったものだった。楓はそれを同級生のお姉さま方に高々と掲げてみせた。
「えー、すごい！　これって智依子さんと楓ちゃんですか？」
「そうだよ！　すごいでしょ！」
　楓は自慢げにとび跳ねてみせる。
「こーら、楓。ちょっとは落ち着いて」
「やーだよ！　だって、おどるの好きだもんっ！」
　右へ左へぴょーんぴょんとまるでバッタだ。こうなった楓を押しとどめるのは至難の業。だったらむしろ――

「そこまで言うなら。楓、ママと踊っちゃおうか」

　人の流れのまばらなところを見つけて、同級生たちを観客に、母娘揃って踊りだす。
　音楽はどこか遠くから聞こえる祭囃子の笛太鼓。
　ふだん踊っている曲とはかなり趣が違うので難しいかと思いきや、楓はつま先でリズムをとり、自然と体を動かしだす。
（やっぱり――）
　智依子は確信を深める。
（楓は私より才能がある……）
　教えたばかりのステップを、もう自分のものにして踊っている。すこし教えると、まるでスポンジみたいにあっという間に吸収してしまうのは、若さのせいだけじゃないだろう。
　なにより彼女のダンスは楽しげで、その場の空気を変えてしまう。『天賦の才』――そんな言葉が智依子の脳裏をちらつくのも無理はあるまい。
　今宵だって気づけばひとやねこたちが集まってきて自然と手拍子が起こっている。同級生たちも踊りだし、陽気なねこたちも乱入してきて、にゃっにゃっと一緒に踊りはじめる。
　ついには、黒髪おかっぱの和装の少女まで乱入してきて――
「にゃにゃー、楽しいにゃー！」
「お三夜さまっ、破廉恥でございますっ！」
「人に交じって踊りなど……っ！　神にあろうべき振る舞いですぞ！」
「固いこと言うなにゃ！　一之助も二右衛門も踊らにゃ損、損、にゃ！」
「そうだよっ、おどろう、ねこみたいなお兄さんたち！」
　楓は人の姿になったお三夜さまだけじゃなく、狛猫たちまでもを踊りの輪に巻き込んで。
　踊る。
　踊る。
　喝采。
　喝采。
　嗚呼――これを才能と呼ばずしてなんと呼ぼう。
「あはははっ！　楽しいね、ママ！」
「……そうねっ」
　いつしか智依子の心も踊っている。
　楽しい。
　楽しい！
　ねこも猫も同級生の女の子たちも、みんなで踊って、これぞ祭りとはっちゃけている。
（いいのかしら？　……みんな楽しそうだから、これはこれでアリ？）
　きっと、そうだ。
　いまは踊ろう！