【お三夜】猫と人、あまたの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と人、あまたの世界が交わる夜

　浴衣姿で下駄を鳴らして

　カラコロカラコロ、下駄が鳴る。
　浴衣姿の綾辻綾花は、片方の手には青い風船提灯を持ち、もう片方の手では恋しい人の手を握って、祭りのなかを歩いていた。

「やっぱり人が多いですね。逸れないように手をつないでいてくださいね」

　綾花と色違いの赤い風船提灯を手にした早川珪は、にこりと微笑みうなずいた。
「もちろん。君こそ人ごみのなかでどこかに行ってしまったりしないでね」
「行きませんよ」
「そう？　なんだかとても不思議なところだし、なんといっても猫好きな君のことだから……うっかり猫になって、走り去ってしまってもおかしくない気がしてしまうよ」
「たしかににゃんこたちは可愛いですが、珪さんを置いてどこかに行ったりなんてしませんよ。あ、見てください。高速渦金魚すくいだそうです。難しそうですが、チャレンジしてみませんか珪さん？」
　面白そうだね、と珪は言った。お代も駄菓子を買うのとさほど変わらない程度だ。話のタネに遊んでみるのも悪くない。
「頑張ってくださいね！」
　綾花の応援をもらって、意気込んでポイを水面に差し入れたものの……、
「あっ！」
　高速の渦に乗って弾丸のように泳いでくる金魚を真正面から受け止めてしまい、ポイは見事に破けてしまった。
「これは僕には無理そうかな」
「残念です。でも、頑張る珪さんの横顔は、その……格好よかったです」
　照れながら惚気る綾花の耳に、ふいに「テオ様！」という声が聞こえてきた。
　振り向くと、手に大きな猫ちぐらを抱えた白いワンピースの少女が小走りで通り過ぎていく。
「テオ様っ、歩くの速いですっ！　お待ちください～」
「……ちっ。女に合わせて歩くのは苦手だ……」
　先を行く灰色髪の青年が振り返る。じとっと睨むような緑の瞳。その眼つきにものすごく見覚えがあった。
「あら？　もしかして……テオとミラ？」
　名を呼ばれ、ふたりは立ち止まる。
「ああ？」
「綾辻様！　お久しぶりですっ！」
「やっぱり！　テオもミラも今日は人の姿なんですね。ふふっ、素敵なカップルさんですね」
「カップルじゃねーし」
　テオはぶっきらぼうな口調でそっぽを向く。
「テオってば、相変わらず素直じゃないんですね。ミラと恋人になったんですよね？」
「ちげーし！」
　あくまで否定するテオだったが、ミラは嬉しそうに頬を染めて、テオの腕に手を絡めた。
「今宵は久しぶりの逢瀬なんです♪」
「おめでとうございます」
「ありがとうございますっ！」
　ミラと綾花の間に、女の子同士が醸し出すお花畑めいたぽわぽわ空気が漂う。
「くそ……これだから女どもは……」
　テオはくしゃくしゃと灰色の髪を搔きむしった。自分は恋愛なんて興味ないぞという空気を出しているが、あえてミラを押しのけたりもしないところが見ていて微笑ましくもある。
「ふふふっ、これ以上デートのお邪魔をしてはいけませんね。それではまた」
　会えて嬉しかったと挨拶だけにとどめて、綾花たちはミラたちと別れた。
　途中の屋台で、焼きそばとお茶とお団子を買い、賑わいから少し離れたベンチに座る。食事をとりつつ、ここでしばしの休憩だ。焼きそばをふたりで分け合って、それからお茶でほっとして。
「こうして祭りを少し離れた場所から見るのもいいですね」
「そうだね。それに食べ物も美味しい」
「ええ。にゃんこたちがあの可愛らしい手で作っているなんて器用ですよね」
　優しい味のするお団子をぱくりと食べて、綾花はさきほどのミラとテオの姿を思い浮かべる。
「――珪さん、私たちもこれからも仲良くいましょうね」