【お三夜】猫と人、あまたの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と人、あまたの世界が交わる夜

　ねこたちの宴会

　ねこぴょんの日からすぐの秋、御巫時子は恋人となった五十嵐尚輝と誘い合ってお三夜まつりを訪れていた。人とねことが交わりあう不思議な光景が広がっている。楽しくて、すこうしだけ不安になるような怪しさがあって、いかにも寝子島らしい。尚輝は、人ごみの中で逸れないようにと心配する母親のような自然さで、時子の手を握って歩いている。
（尚輝さん……）
　ふだんよれよれの白衣姿ばかり見てきたので、尚輝のぱりっとした浴衣姿は新鮮で素敵に感じられた。恋人になって半年ほど経つというのに相変わらず傍にいるとドキドキしてしまう。屋台でまたたびおやきや焼き鳥などを買い、水中花火も買った。あとはもうすこし、彼との時間をゆっくり過ごしたい。そう思った時子は、鼓動の高鳴るのを隠しつつ尚輝に声をかけてみた。

「まえも水中花火、耳福池でしましたよね……行ってみませんか？」

　尚輝は承諾した。相変わらず水中花火の原理については疑問しかないが、それは恋人からの誘いを断る理由になどなりはしないのだから。
　夜の水面に小舟を浮かべ、落ちないように気を付けながら身を乗り出して、火をつけた花火を水のなかに入れる。
「わ……水の中でも綺麗……」
　花火は水の中で赤や黄色や青い火花を散らして咲き、淡く水底を照らし出した。
「消えないのが不思議です……」
「なぜ、と考えたくなってしまいますが、そんなことをしていたら興ざめですね。こんな夜は君との時間を楽しむことに集中しましょう」
　長すぎる前髪の奥で、尚輝がやさしく微笑んでいる。
　水中花火の紅のともしびが、さっと時子の頬を照らした。
（あ……今年はもう、先生と生徒ではないんですね……）
　感慨に浸っていると、ほとりのほうから声がかかった。宴会しているねこたちが、いっしょにどうにゃ、と手招きしている。ちょうど水中花火もこれで終わりだ。尚輝と時子は顔を見合わせ、ありがたく誘いに応じることにした。

「ごめんなさい、私はお酒はまだ飲めないので雰囲気だけ……」
　すっかり酔っぱらった猫に、いっぱいどうかと徳利を傾けられ、時子は手を振って遠慮する。
「尚輝さんは飲まれますか？」
「はあ、まあ……せっかくなので一杯だけ……」
　ねこたちに手渡されたおちょこに、徳利の中の酒が注がれる。透き通ってはいるがわずかに琥珀のような色をした酒だ。一口含む。
「ほのかな甘みと独特な風味がありますね。これは、またたび酒ですか」
「そうにゃ～♪　飲めば体がぽっかぽか♪　疲れもとれてよく眠れるにゃ～」
「なるほど……冷えに効き、疲労回復や安眠効果もあると……」
　ねこたちと話し込みだした尚輝を温かく見守りながら、時子は縁日で買ってきた食べ物をひろげた。
「みんなで食べましょう。熱くないものばかりですから、猫舌なねこさんたちも食べられると思いますよ」
　これにはねこたちも大喜びだった。次々に伸ばされるねこたちの手。その合間を縫って、自分と尚輝の分も確保する。彼の口に合うかと心配だったが、懸念だったようだ。
　そのうち尚輝は酔っぱらってきたらしく、目がうつろになってきた。
　時子は自分の太もものあたりをポンポンと叩いて、膝枕をどうぞ、と指し示した。
「いや、それは……」
　いったんは遠慮した尚輝だったが、時子が小首を傾げる仕草に安堵したのか、ふうっと倒れこむように膝に頭を預けるようにして体を丸める。寝息がすぐに聞こえてきた。
　時子はくすっと笑った。それから人差し指を口元にあて、ねこたちに、これは秘密なんですが、と匂わせる。
「膝枕をすると尚輝さんの可愛らしい寝顔を見れるから好きなんです……でも、彼には内緒ですよ？」