もうひとつの卒業、桜色のにゃあ｜リアクション

もうひとつの卒業、桜色のにゃあ

思い出はかがやいて・３

　神魂って便利。ふだんなら簡単には誘えないような場所へ、ノリとイキオイで誘えてしまったりするもので。
「温泉、気持ち良かったね」
「さすが湯どころ、寝子島の寝子温泉街って感じだったよねえ」
「うん、まあ。それもそうなんだけど」
　柚春にとっては、ウォルター先生と混浴、いっしょに湯へつかることこそが重要でした。
「僕にとってはそれが大事。だったんだよ？」
「まあねえ。ひとりで温泉ってのも味気ないものかもね、たしかに」
「でしょ？　ふふふ」
　というわけで次なる思い出の旅は、奇妙な神魂の風が運んだ温泉日和、混浴を楽しんだあの日のこと。映像の中のおふたりは裸身にタオル一枚という入浴スタイルですけれど、
「……ワットのえっち」
　柚春のジト目に、彼は肩をすくめて、
「これは不可抗力な気もするけどなあ。ま、仕方ない、僕は目を閉じて」
「うそ。見てもいいよ。僕のハ・ダ・カ」
「タオル越しにね」
　湯船にふたり、とぷん。ぱしゃり。睦みあうように湯のぬくもりを楽しむウォルターのこんな顔を引き出すことは、不思議現象の力を借りなければ難しかったことでしょう。神魂に感謝。落神に感謝……。
「やれやれ。ふたりとも、ゆるんだ顔しちゃってまあ」
　あきれたようにつぶやいた彼の苦笑いの前では、部屋のソファでごろりと寝ころんだままお昼寝タイムなふたりの、なんともゆるゆるだる～んと弛緩した顔がありました。
「でも、幸せそう……っていうか、幸せだったよ。僕はね、ワットは？」
「まあね。たしかに、いい気分だったよ」
「でしょー？　ふふふ♪」
　柚春は満足げに、ふわり。

　突然のお泊まり。そんなこともありました。このシーンはそう、彼へといつわらぬ想いを伝え、彼の彼らしい返事にひとまずの納得をした、その直後のことであったはず。
　押して押して押しまくる、積極攻勢が信条の柚春もこの時ばかりは、えもいわれぬ羞恥にもだえた覚えがありました。
「……僕、こんなことしてたの？」
　眉をひそめたウォルターさん。
　布団はふたつ。隣り合って眠るだけでもどきどきが止まらなかったのに。ふとぬくもりに包まれて目をひらくと、むぎゅっと。しっかりと。柚春は、掴まえられておりました。
「そりゃまあ、僕も男だからねえ。頑張って己を律していたわけだけど」
「え、そうなの？　ワットも恥ずかしかった？」
　恥ずかしいっていうか。責任ある教師も男性であるわけでして。健康で健常ならばいろいろとね。ええ、いろいろあるわけでして。はい。この夜の彼の苦悩と葛藤の心境はどうやら、柚春には伝わらなかったようですけれど。
「この時は、なんていうか。僕、泣いちゃって……心の中がぐちゃぐちゃになっちゃって」
「……うん」
「不思議な夢も見たし。でも、起きたら目の前にワットの寝顔があって。ワットに包み込まれてて……」
「うん」
「ちょっとの不安と、それ以上の嬉しさと、恥ずかしい気持ちとで、ますますぐちゃぐちゃになっちゃった。あはは」
　きっと彼は、柚春の不安を少しでも晴らそうとしてそうしたのでしょう。彼だって疲れていたから、そのうち眠ってしまったのでしょう。
「だから、恥ずかしかったけど……幸せな目覚めだったよ。僕は」
　その後にもう一度まどろみ眠ってしまったので、彼が起きて後、腕の中に柚春がいると気づいた時にどんな顔を浮かべたか、知りませんでした。
　隣の彼は頭をかき、思い出の中の彼はぱちりと目を開くと、やさしい微笑みを浮かべながらに、柚春の青い髪へ手を添えゆっくりとなぞりました。