もうひとつの卒業、桜色のにゃあ｜リアクション

もうひとつの卒業、桜色のにゃあ

思い出はかがやいて・４

　ボクシング・デーという日本人にはなじみのないイギリスの催しについて知ったのも、ウォルターから教えられたことでした。
「そうそう！　ボクシングをする日じゃなくって、プレゼント入りの箱を贈る日なんだよね。メアリさんにもプレゼントしたよね」
　メアリ・エヴァンズのおどろきとよろこびに満ちた表情や、彼女のこぼした美しい雫を柚春はおぼえています。あの日にプレゼントしたガラスペンとインクポットのセットで、ルーズリーフの日記帳へ、メアリは毎日その日のできごとを綴るのだそうです。贈った品物を彼女が大切に使ってくれていると思うと、柚春の胸もほんわかとあたたかく灯りました。ウォルターだってそうでしょう。
　目の前に揺れる光景は、そんなあの日の一幕。プレゼントを渡してひと段落、１２月の冷える風に自然と身を寄せあった時のこと。
「この時はさ、めずらしくワットが乗り気だったのに……」
「え～？　そうだったかなあ？」
「そうだよ、ほら！　あんなふうに僕を、抱き……寄せて」
　主観で見る彼もさることながら、客観的にそんなシーンを見るのもなにやら、どきどきします。これが案外トキメキました。ああ無防備な僕が狼となった彼にぺろりと食べられて……ああ！
「そーそー、いいところでメアリが入ってきちゃってねえ、いや惜しかった」
「メアリさんが来なかったら……どーなってたの？　僕」
「ん？　ははは」
「いやはははじゃなくて」
　惜しい機会を逸したのでしょうか。はたまたこの瞬間があったからこそのふたりの距離感、ふたりの歩みであったのかもしれません。
　なんにせよ、これもまた大切な思い出のひとつ。
「来年はなにをプレゼントしようか」
「そうだねえ。選ぶのも迷うのも、楽しいよねえ」
「だよね！」

　そうしてくすりと笑ったら、にゃあお。ふたたびぶわわっと虹色が流れて、柚春は街の真ん中にぽつんと立っておりました。
　にゃあ。
「……不思議な体験だったよ。あの時ワットがなにを思ってたのか、とか。どう考えてたの、僕のことどう思ってたの？　って、ちょっとだけ分かったかも。だから」
　ありがとね、と告げると桜猫。いい夢見れたかしら？　ふんす、と小鼻からかわいく息を吐いて、つんとしっぽを立てて歩いてゆきました。
「ああ。やっぱり、稲積だ」
「あれ、ワット？」
「あはは。どうやら同じのを見てたかな」
　やってきたウォルターさん、くいと示したのは星ヶ丘のお高いアパレルショップのショーウィンドウ。桜猫が振りまいた虹色の残滓が揺らめいて、映し出されたのは……にゃんこの置きみやげでしょうか？

　思い出たちがゆらりゆら、スライドショーのように現れては消え、また現れてはほどけるように消えていきます。
　やがて虹色が強くぱあっと輝くと、ショーウィンドウに映るのはきらきらな服たちばかり。
「またあの子にお世話になっちゃったねえ」
「楽しかったね！　それで、ワットはどうしてここに？」
「うん？　あの猫ちゃんがウチに来てさ、ついてこいっていうからさあ」
　なんて。桜にゃんこはやっぱりキューピッド？　ふたりの絆を深めてくれたのでしょうか。
「そっか。そうなんだね、ふふふっ」
　柚春は、むぎゅっ！　と彼の腕を抱き込んで、
「また会えるかな？」
「会えるといいねえ。また撫でさせてくれるかなあ」
「また抱っこしたいなー、ぬくぬくふわふわで気持ちいいんだ」
「だよねえ」
　たしかになんだか、距離が縮まったかも？　身を寄せたふたりは星ヶ丘の人波へ、するりとまぎれていったのでした、にゃあ！