もうひとつの卒業、桜色のにゃあ｜リアクション

もうひとつの卒業、桜色のにゃあ

思い出はかがやいて・２

　ふわふわわと虹色空間を漂っていたら、桜にゃんこがひと鳴き。しゅたんと着地するとその前足を中心として、ぶわわっと虹色が晴れていきます。
「おや？　どこかに着いたのかな。いろんなことができてすごいねえ、猫ちゃん。よし、抱っこしてあげようかあ」
　やっぱりにゃんこにデレデレなウォルターさんをよそに、柚春は周囲を見回して、そして気がつきました。
「ここ、見覚えがある……」
「うん。僕も覚えてるよお」
　あのときの。友人たちとおとずれた、本土の神社の節分祭。そのすぐ近くにて水面をきらきらとかがやかせる、素敵な湖のほとりにて。
「覚えてる。とても大切なことがあったんだ」
　ふたりの視線の先、たたずんでいるのは、着物を着たふたり。思い出の中の柚春とウォルターでした。
　このときの思いを、柚春はおぼえています。しあわせで。楽しくて、賑やかで。けれど近づけなくて、ほんのすこうし、もどかしくて。それでもやっぱり、しあわせで。
「そうそう。あの時は未来をチラ見したんだったね。今とは逆に」
「それじゃあ……この子は、思い出を見せてくれてるのかな？」
　ウォルターの腕にすっぽり収まっている桜猫はそしらぬ顔で、ふにゃあとあくび。
　そう、おぼえています。垣間見た未来に安堵し、あふれる喜びのままに、彼の胸へと飛びこんで。ぬくもりにつつまれて。瞳と瞳を結んで、鼻をちょこんとくっつけたノーズキス。ほんのちょっぴりこつんとするだけで、こんなにも胸にしあわせが満ちるものかと思ったものです。
「……あのとき言ったこと。ウソじゃないよ、ワット。本気だからね！」
「はは。うん、分かってる」
　今は桜にゃんことふたりだけ。彼は柚春の肩を抱き寄せ、やわらかい髪に鼻をうずめました。

　どうやらこれは、思い出をめぐる旅。猫ちゃんの広げる七色世界はその架け橋であるようです。
　清浄な水に頭までとっぷりと沈みながらも濡れることなく、呼吸も苦しくならないのは、これもまた不思議な体験です。
「ここは……あの、花が浮かぶプールの？」
「スパ＆プール【ＮＥＫＯＪＩＭＡ！】だね。ここ、きれいだったよねえ」
　水面に浮かぶ花弁はどうやら神魂の影響であったようですけれど、七色の花たちに彩られて柚春も、ウォルターの青い瞳も、あざやかにきらめいたことをおぼえています。
　背伸びをして大人ぶろうとして、すこうし、彼を困らせてしまったことも。
「あのときとくらべて、少しは僕も大人になってる……かな？　なっていたらいいんだけど」
　隣のウォルターがじっと見つめる先には、ちょっぴり昔の自分。まわりではしゃぐ水着のお姉さんたちに負けない色気を自分に見い出そうとして、胸には自信がないけれど足ならどう？　この脚線美とヒップラインなら彼を悩殺してしまえるのでは？　なーんてボディチェックに余念がない過去の柚春を見て、ウォルターはたまらず吹きだしました。
「ああっ、笑った！　もう、ワット！」
「きみ、こんなことしてたの？　くふふ。かわいいねえ」
「だって……ワットがほかの女のひとに目移りしないようにって、必死だったんだもん」
　くすくすと笑う彼はけれどもちろん、柚春をばかにしているわけではないのです。水中をただよう花たちに囲まれながら、ウォルターは微笑ましく、あたたかな目をして思い出のふたりを見つめます。
「もっと胸を張っていいのにねえ。きみは誰の代わりにだってならないんだからさ」
　ゆらゆらと水花の間をたゆたいながら、ふたりはたがいの頬へそっとキス。ゆらゆら、ゆらり。ふわふわり。
　にゃあ、とひと声。思い出はふたたび、虹色の中へと流れてゆきました。