ボディタッチ日和オブスプリング・アンド・ホットスプリング｜リアクション

ボディタッチ日和オブスプリング・アンド・ホットスプリング

　弁当を用意しドライブデートのさなか。ふと湧き上がる衝動に突き動かされ叫ぶ。
「温泉だよ、ワット！！」
「う～ん、なんだかそんな気がしてきたよぉ」
　意外や意外、ウォルター・ブラックウッドもこの乗り気である。稲積柚春は心のガッツポーズをキメた。時にアホみたいな働きを見せる寝子島の奇妙奇怪な現象ときたら柚春を振り回すばかりだが、たまにはこういうこともあったりするから侮れない。待ち望んだイチャイチャチャンスであった。
「そうと決まれば！」
　善は急げだ。何しろこの神魂現象というやつは気まぐれでサバかイワシかというくらいに足が早く、いつまでこの状態が続くのかは神のみぞ知る（言葉のアヤというものだ、当の神は何も知るまい）。だから柚春はウォルターを急かし彼の愛車へ押し込んで、法定速度を守りながらも急ぎ寝子温泉へと向かったのだった。

　今日の温泉街には普段の三割増しに人があふれていた。現象はどうやら不特定多数の人々へ影響を及ぼしているらしい。カップルらしき者が多いが仲の良い友人同士といった者もちらほらと見られ、いずれもが熱に浮かされたような顔をして温泉旅館や大浴場のあるホテルへと消えてゆく。神魂は実に広範へ渡り影響を及ぼしているようだ。
「こ、これはまずい」
「まずいって何が？」
「部屋がいっぱいになっちゃう！」
　イチャイチャを堪能するならばやはり温泉付きの個室であろうと考え、柚春はウォルターの袖をつかみぐいぐいと引っ張ってゆく。しかしそこは飄々ちゃらんぽらんつかみどころナシに見えて案外良識派、生徒がための教師ウォルターであるから柚春を制し、ぴしゃりと言ってのけたのだった。
「泊まりは無しだよ。混浴くらいにしておこうかぁ」
　あ、混浴はＯＫなんだ。今日はどうやらそういう日なのだった。ウォルターも何だかんだとがっつり影響を受けている。
「さて、それじゃお宿を探そうかぁ」
「現代風のホテルもいいし、風情のある旅館もいいよね」
　少し緊張しながら彼の手を握った。拒むそぶりもなく彼も微笑み握り返してくれる。まずは一つ。幸福が膨らみ柚春を満たした。

　とある温泉ホテルに空室を見つけ、日帰り入浴プランでチェックインした。小奇麗な室内は良く整えられ、各種アメニティグッズも充実している。
「じゃ。温泉……はいろ？」
「おっけー。やぁ楽しみだねぇ」
　はしゃぐ彼の手を引きバスルームへ。現象のおかげで今日のところは混浴は当たりまえ、普通のことだ。もちろん着替えは別々になのだが、彼も不自然を感じることなく服を脱ぎ腰にタオルを巻いていた。
　個室の浴槽の壁の一面は大きな窓で、九夜山を望む大パノラマが広がっていた。目に優しい深緑に包まれるような気分で、熱い湯に浸かる。
「くはぁ。これはたまらないねぇ」
　どこかオヤジくさく吐息をもらすウォルターである。もっとムードあるイチャイチャを求む柚春は攻勢に出た。
「ねえ、ワット？」
「うん？　なんだい。ああ、それにしても気持ちがいいねぇ」
「ワット……僕を、大人にして？」
　タオル一枚の裸身を覆い隠し、彼の腕を取る。胸を押し付けるようぎゅっと寄り添った。
「ずっとどきどきしてるんだよ。ほら、心臓の音。すごいんだから」
　もっと大胆に。ウォルターの頭を抱き寄せ、耳を自分の胸へと押し当てた。水音に混じり鼓動は伝わっただろうか。首元へ唇を押し付ける。自らの証を彼へと残すように。彼もまたそうしてくれたらと柚春は願うが、彼は眉を寄せて何か耐えるような顔を見せながら手を掲げ、しばしの逡巡の後に柚春の頭へ手を置いた。
「ま、ゆっくりとねぇ」
「むう」
　不満そうに唇をとがらせる柚春の肩を苦笑いして抱き、しばしぴたりと触れ合ったまま心地よい温泉を堪能した。

　湯上りの火照りに少しぼんやりとして余韻に浸る。
「ふう」
「のぼせちゃったかい？」
「ちょっとだけ。でもいいお湯だったね」
　備え付けのソファはふかふかとして、横になると眠気を誘った。
「日帰りだけど、もう少し時間はあるね。ゆっくりしていこうかぁ」
「うん。じゃあ……いっしょに寝ちゃう？」
　ウォルターの袖をつまんで引っ張り、ソファへと引きこんだ。

　背中へ手を回し、離すまいと抱きすくめる。彼もこの密着度を楽しむように柚春へ寄り添い、髪をなぞり首元へ唇を寄せた。
　いつかもっと二人の間柄を縮められたらと願ってやまないが、今日のところは何だかんだと身も心も満たされながら、柚春はしばし彼と共に午睡へ耽った。

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