災い転じて春来る｜リアクション

災い転じて春来る

「私はここにいるから、二人はゆっくり湖を見て来て」
　晴月に言われ、柚春とウォルターは湖畔を歩き始めた。
　観光地っぽい場所だと想像していたが、特に道など整備されていないので、草履ではちょっと歩きにくい。
　柚春がつまずきそうになるたびに、ウォルターが手を伸ばして支えてくれた。
　夕闇が迫る中、周囲に人の姿は、晴月以外に見えない。

「そんなにぴったりくっついてくれなくても、大丈夫だよ、ワット。ちゃんと注意して歩くから」
「うん、わかってるんだけどねえ」
　ウォルターはいつものように柔らかく微笑んだ。
「でもごめんねえ。こんな二人きりになれる場所でしか、恋人っぽいことができなくて」
「ワットの考えがわかったから、全然平気だよ。それにきっと、これからもっと素敵な未来が見れるし」
　柚春はウォルターとともに湖の淵まで進むと、その場にしゃがんで、薄暗い湖面に視線を落とした。
　幸せになれてる？　ずっと一緒にいる？　と、胸の内で問いかける。

　――と、そこに映ったのは、今より年を重ねた二人が左手をつないでいる姿。
　声は当然聞こえないが、特別なデートというよりは「今日の夕飯は何にする？」などと言いながら歩いている、そんな雰囲気だ。

「すごい！　僕たち一緒にいるよ！」
「そうだねぇ」

　映像は数十秒で消えてしまったため、細かいことはよくわからない。
　でもこれだけ見れば、十分だ。
「ってことは、将来も僕たちは一緒にいて、手をつないで夕飯の買い物をするぐらい仲良しで、そんな日常が過ごせるぐらい平和で幸せで……！　ああ、僕嬉しいよ、ワット！」
　柚春は勢いよくウィルターに抱きついた。
　ウォルターは驚きながらも柚春をしっかり抱きとめて、とんとんと背中を叩いてくれる。
「落ち着いて、稲積」
「落ち着けないよ、こんな未来！」
　弾んだ声で、柚春は叫んだ。
　もう嬉しくて嬉しくて、心臓が弾けてしまいそうなくらい、ドキドキしている。
　でも、浮かれてばかりはいられない。
「あとは、これがちゃんと現実になるようにしないとね」
　しっかりした声で呟いた柚春に、ウォルターの手が止まった。
「ちゃんと？」
「そうだよ。ワットに見あうちゃんとした大人になって、ワットと結婚するんだ、僕は！」
　きっとあの映像はそういうことだよ！　と力強く言う柚春に、ウォルターはくすりと笑った。
　その頬を、柚春の両手がそっと包む。
「だから、お願い。それまで……ううん、その後も、ずっとずうっと、ワットを大好きでいさせてね」
　青い目を見つめて言って、唇にキス……ではなく。
　ちょこんと鼻の頭同士をくっつけると、ウォルターの大きな手が、柚春の後頭部を優しく撫でた。
　大好きが溢れたノーズキスに、大好きがいっぱいのお返しだ。
「ありがとう、ワット。僕と出会ってくれて、こうして一緒にいてくれて……」
　柚春はたまらず、ウォルターの背を強く抱きしめ、その肩口に顔を埋めた。

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あとがき

担当マスター：瀬田一稀
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素敵なアクションをどう生かすか。
どう書いたら『春』を感じていただけるか。
いっぱい考えてキーボードを打っていたら、こんな感じになりました。
どうでしょう。春、来ましたか？

この度はご指名ありがとうございました。
楽しんでいただけましたら幸いです。
このお話が、次なるステップへのきっかけになりますように。

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