松林は夜のラビリンス｜リアクション

松林は夜のラビリンス

「さぁて、今日の飯どうしやしょ」
　器用な手先を生かして、日々の糧にしている信楽世平は、内職で使う素材を買い込んで帰宅の途中だった。
　その耳にも、例の聞き苦しい悲鳴が、否応なしに飛び込んでくる。

「ピギャ――ッ！！」

「……？　何してんすかねぇ？」
　逃げる子豚……じゃなく、子供に寄り添って走る少年・少女と、それを執拗に追いかける二人の大人の図は、世平の関心を惹いた。
　快活そうな浅黒い肌の少年が、闇に潜んで『妖怪・砂かけ握』と化している。
　よくよく見れば、同じクラスの握利平だった。
　世平は先を走る仔猫を抱いた少年に、併走して事情を尋ねた。
「実は、かくかくしかじかで……」
　利平に習い、時々懐中電灯の光でフェイントを掛けながら、八神修が答える。
　すでに会話の中から、彼等が栄子、備太、志蔵である所までは探っているらしい。

「なるほど、把握しやした。合わせてABC……ちょ、ABCってマジ……ぶふっ、クククッ……ヒーッヒッヒ！
　あ、あんまり笑わせねぇでくだせぇや！　ヒーッ！」
　ツボに入ったのか、世平は腹を抱えて笑い転げている。

「わ、笑うなっ～～～！！」

「ん……あーぁ。冷静になって、考えると、んなに面白ぇ事でもなかったっすね」
　ひとしきり笑った後、世平は真顔で立ち上がった。
　ＡとＢは同時にズッこける。

「よ、よくも、バカにしたなー！」
　Ｂは腕を振り回して、世平に殴りかかろうとした。
「おっとぉ！？　あっはっは！
　どぉれ、遊んでやるとしやしょうかい！　不肖、信楽世平！　いっきやーっす！」
　気ままにハネる髪を揺らして、世平は内職用の布を広げると、闘牛士のようにゴロツキ達の前でヒラヒラさせた。
「てれれれってれー♪　内職グッズ！　縫い物様の布！　結構でけぇ！　ほらほら、捕まえてごらんなせぇ！」
「こ、こいつー、さっきから、からかいやがってぇ！」
　ムキになって追いかける、Ｂ。動きは素早いにも関わらず、ただ真っ直ぐ突っ込んで来るだけのＢを、世平は難なく躱していく。
「しっかりおしよ、備太！　ほら、右だよ、すっトロイねぇ！」
「右……？　お箸を持つ方の手か！　あれ、アイツどこ言った？」
　ＢがＡに気を取られた隙を突き、世平の姿は消えていた。
「おい、お前等！　さっきの奴、どこ行った？」
「隠すと、ためにならないよ！」
　ＡとＢが詰め寄るが、皆、そ知らぬ顔。

「さあ、知らねえなぁ」
　利平は頭の後ろで腕を組んで、口笛を吹いている。
「そっちへ走って行ったみたいだ。急がないと、本当に見失ってしまうだろうな」
　しれっと別方向を指差す、修。幸は修に言われて、しゃくりあげる真丸を、ここへ来てどうにか宥めるのに成功していた。

「行こうぜ、アネゴ！」
　お陰で当初の目的をすっかり忘れて、ＢとＡは修に言われたまま、駆け出してゆく。

「今ので引っかかるとは」
「恐ろしく残念な連中だぜ……しかし、助かった」
　利平と修は、互いの健闘を称えて真顔のまま、ハイタッチ。
　どうにか危機をやり過ごせたと、ホッとした瞬間、新たに少女の悲鳴が響いた。