おかしな一日｜リアクション

おかしな一日

　御剣刀は店に入るなり、頻りに目を動かした。肩に掛けた竹刀袋が文房具店とは縁遠い体育会系を物語っている。
　いらっしゃい、という店番のマキナに刀は軽く目礼して、シャープペンシルやボールペンがひしめき合う棚に移動した。
「種類が多いな。微妙に形も違うのか？」
　刀は一本のシャープペンシルを手にした。指で挟む辺りが細くなっている。無造作に握ると、指が導かれるかのようにくびれに収まった。
「書き心地はどうだろうか」
　目に付いたノートを適当に開き、他の書き込みを巻き込んだ旋風を描いた。曲線は滑らかで鋭い剣閃を思わせた。
「中々、いいな。値段は……五百円だと！？」
　機能性を認めつつも、その値段に刀は口を閉ざした。考え込む表情を崩さず、そっと元の棚に収める。
「良い物は高いか。旅鴉や小山内なら、こういう物を使うのかもな」
　その場を離れた刀は、すぐに足を止めた。箱の側にしゃがんで顔を突き合わせている人物がいた。
「よう、旅鴉に小山内じゃないか。絵関係の物を買いに来たのか？」
「私は画材を漁りに来た」
　簡潔に済ませた月詠は海の方に視線を向ける。スケッチブックに文字を書き込んでいる最中であった。
『カタナくんもきたんだ。このみせには、よくきたりするの？』
「俺は学校で使っている物がなくなった時に買いに来るくらいかな。どちらかと言うとスポーツ用品店の方にいく機会が多いよ。今度、よかったら一緒に行ってみるか？」
「これはデートの誘いだな」
　ぼそりと月詠が口にした。独り言にしては声が大きい。当然、居合わせた二人の耳にも入った。
『つくよみちゃんなにをいってるのかなただのともだちのさそいだよそうだよね』
「まあ、スポーツ用品店の話は時間が合えば。えっと、授業に使えるノートはどこかな」
　刀は視線を逸らし、見つけたノートに飛び付いた。何事もなかったかのようにカウンターへと急ぐ。
　月詠は立ち上がった。真っ赤な顔の海が慌てて続く。
「脈はあるかな」
『しー、しー』
　月詠の声に海は文字で訴える。更に自分の唇に人差し指を立てて見せた。
「私は応援している」
　月詠の囁きに海は文字で答えた。ありがとう、と。二人は前後に並んで歩き出した。
　刀はカウンター越しにマキナと向き合っている。
「これ、本当にもらってもいいんですか」
「サービスだからね」
　マキナの笑顔で刀は菓子の山から一枚の煎餅を手に取った。表面は茶色く、所々が黒い。溶岩が冷えて固まったような見た目であった。
　刀は思い切って煎餅に歯を立てた。硬質な音と共に口元を手で押さえる。
「かっ、かてぇ……前歯が痛い」
　くぐもった声で刀は言った。海は心配そうな顔で駆け寄った。
『だいじょうぶ？　はがかけたりしてない？』
「舌で確認した感じではだいじょうぶ」
　月詠は同じ煎餅を手にした。袋に入れたまま、両手で細かく砕いて見せる。その後で悠然と袋を開けた。
「醤油の風味が香ばしい」
　欠片を口にした月詠が感想を述べた。余裕の窺える目で刀を見やる。
「俺はこのままで平気だ」
『むりしないで』
　海はスケッチブックを持って刀に寄り添う。
　店内の声で目が覚めたのか。真央が奥から、のんびりした様子で現れた。瞬間、不自然に身体が真横を向いた。
「真央ちゃんは何も見てないのだ。二人のおデートの邪魔をしては悪いのだ」
『きょうはなんでこんな』
　海は水から出された金魚と化した。顔全体が真っ赤に火照り、酸素を求める口を忙しなく開閉させた。

このページにイラストを設定する