おかしな一日｜リアクション

おかしな一日

　青い目をした子供が興味本位に覗き込む。そのような姿で小山内海が文房具店を訪れた。カウンターに座っていたマキナに気付くと、持っていたスケッチブックの一頁目を開いて見せた。
『こんにちは』
　海は会釈をした。サイドテールが浮き立つように跳ねる。
　マキナは少しの間を空けて、いらっしゃい、と微笑みで迎え入れた。海は別の頁を開いて文字を書き込んだ。
『ブンボウグをかいにきました』
　少し素っ気ない文字に急いで書き足す。
『ペンとか、スケッチブックとかです。ほりだしモノのうわさをきいたので、いろいろさがしてみたいです』
「思いもよらない物が見つかるかもよ」
　マキナの言葉に海は笑顔で喜んだ。スケッチブックやペンのある棚に歩を進める。
　真っ先に目に付いたのは漆塗りのような光沢のある、紅色の万年筆だった。艶やかな表面に指の腹を滑らせる。少し開いた海の唇から感嘆の溜息が漏れた。
　視線は横手のスケッチブックに向かう。抹茶色の表紙に可憐な白い蔦バラが描かれていた。海は取り上げて、そっと胸に抱き締める。その目は次の愛しいものに向かっていった。
『クロッキーには、このえんぴつかな』
『こんなにかわいいけしゴム、もったいなくてつかえないよ』
『ちいさなパステルのセットもほしいかも』
　豊かな表情で海はスケッチブックに文字を躍らせた。
『そろそろかわないと、モノがかさばるよね』
　蔦バラのスケッチブックはトレイに代用した。海は気に入った物を次々に乗せて、カウンターまでの間を静々と運んでいった。
「お買い上げ、ありがとうございます」
　マキナが笑顔で受け取って会計に移る。
『おかしも、うっているのですか』
「ん、これか。ただのサービスだから、好きなのを選んでいいよ」
　海は驚いた表情で手持ちのスケッチブックに文字を書き込んだ。
『えー、これがむりょう！？　じゃぁ、ひとつ、このぼうのようなヨウカンをもらおうかな』
「遠慮しないでガブッとね」
　マキナの勧めで海は羊羹の先の縁を齧ってみた。瞬間、少し肩を上げて掌を口に当てる。急いでスケッチブックに感想を書いた。
『くちのなかがシュワシュワ。でも、これはこれでわるくないかな』
「そう言ってもらえると、選んだぼくも嬉しいよ」
　マキナの真っ直ぐな視線に海は少し照れたように顔を傾ける。細い通路の先に月詠の姿を見つけた。箱の前にしゃがんで探し物をしているようだった。
　会計を済ませた海は月詠の元に向かう。相手は気付いていない様子なので、スケッチブックに書いた文章を目の前に差し出した。
『つくよみちゃんも、がざいをかいにきたんだね。たくさんかいてるとしょうひがはげしいもんね』
「買い終わって和んでいる最中だ。それより口の横に黒いのが付いている」
　顔を赤らめる海に月詠は自分の唇を指差した。
『おしえてくれてありがとう。さっきたべたヨウカンだったよ』
「私も食べたが、あれは当たりだね」
『あれはあたりなんだね。あのなかには、はずれもあるのかな』
「世の中には製品になっている物で、大はずれがあるのだよ」
　月詠は海の肩に手を乗せて子供を優しく諭すように言った。

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