おかしな一日｜リアクション

おかしな一日

　目的を持った足取りで城山水樹が参道商店街をゆく。居合わせた男性達の目が、それとなく引き寄せられた。
　水樹の身長は百七十を超えている。均整の取れた身体は女性モデルを思わせた。美形を隠すかのように服装は地味で、ゆったりとした白い長袖シャツに色褪せたジーンズを穿いていた。
　それでも男性の目を惹き付ける。一歩ごとにシャツが微妙にずれて、黒い下着のようなタンクトップを覗かせた。
　古めかしい店舗の前で水樹は足を止めた。意外な組み合わせに思えるのか。人々の目が店と本人を交互に見遣る。
「お、やってたよ」
　周囲の関心をよそに水樹は店の中に入っていった。

「今日の店番は男前ね」
　水樹は奥のカウンターに笑顔で言った。
　神野マキナは読んでいた文庫本を閉じて赤い頭を上げた。
「水樹さん、洒落になりませんよ。ぼくを本気で男性と思ってる女子中学生もいるのだから」
「それが自然よね。私も惚れちゃいそう」
　水樹は妖艶な笑みを浮かべた。マキナは困ったような笑みを返した。
「今日はどのような用事で」
「ルーズリーフを切らしたのよ。大学の講義には時間があるし、お店の売り上げに貢献してあげる」
　水樹は笑顔で棚の一角へと向かった。手にした鋏の形状に、なるほど、と興味深い目を向ける。次に何本かのペンを取り出し、次々と握った。
「ペンの微妙な形が指に馴染む感じね」
　細々と見ていく中で、水樹は驚きの声を上げた。棚に押し込まれたメモ帳の一冊を引き抜いて、まじまじと見つめた。興奮を抑え切れない手が微かに震える。
「こ、これって盗作疑惑で連載打ち切りになったマンガのメモ帳じゃないの！　もしかして、とんでもないレア物かも」
　水樹はメモ帳の裏を見た。手頃な値段の表示に目尻が下げる。
　カウンターに座っていたマキナが声の出所に目をやった。
「何か良い物でも見つかりましたか」
「あ、どうかな。ただのメモ帳だからね」
　水樹は素っ気ない声で返した。緩んだ表情を引き締めて再び品物に向き合う。
　今度は一本のシャープペンシルを手に取った。キャップの部分が上向きの魚であった。
「ひょっとして、これはサンマさん？」
　魚のサンマに比べて少し太い。愛らしさよりも、ふてぶてしさが先行した。
　小難しい顔で水樹は棚に戻し、また手に取った。近くにあった試し書きのノートに手早く一匹の魚を描き出す。口元の楕円の吹き出しには、『ぼくはサンマさんじゃないよー。脂の乗ったブリさんだよー』と書いた。
「ちょっと、これは傑作かも」
　噴き出しそうな顔で目を逸らし、水樹はカウンターに向かった。
「これだけ、いただくわ」
「お買い上げ、ありがとうございます。ルーズリーフが一点にメモ帳。それにサンマさんのシャーペンですね」
　マキナは商品名を挙げていった。水樹は小声で、やっぱりサンマさんなのね、と微妙な笑顔を浮かべた。
　代金を支払う段階で水樹はカウンターに置かれた山積みの菓子に視線を落とした。
「怪しい名前のお菓子が多いのだけれど」
「お好きなのをどうぞ。食べたら美味しいんじゃないかなー」
「美味しいと信じて、『つちのこの里』と『羊羹サイダー』をいただくわね。あ、そろそろ電車の時間かも」
　腕時計を目にした水樹は肩に掛けたトートバッグに諸々の品物を入れると、出入口に急いだ。またねー、と明るい声を残して外に飛び出していった。
「またね」
　マキナは柔らかい笑みで見送った。

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