亀が迷って、人も迷って｜リアクション

亀が迷って、人も迷って

　神野たちの手を離れて噴水周辺を歩いている亀を最初に見つけたのは後木真央だった。
　本当に目的の亀かはわからないが、校内を散歩しているミシシッピアカミミガメはなかなかいない。後木は近くの茂みに隠れ、亀を観察しだした。
「おぉ！　あの模様と大きさ……、あれが噂の迷い亀なのだ！」
　小さくガッツポーズをする後木だったが、背後に近づいてくる人影には気づくことができなかった。
「そのようだねぇ」
「うお！」　
　人影は思わず飛びのく後木をからからと笑いながらしゃがみ込み、顔の位置を後木と同じ高さまで持っていった。
「誰なのだ！　……って、ひさごちゃん？」
「やぁ」
　そこにいたのは、後木と同じ猫鳴館に居候する骨削瓢だった。
「なんでここにいるのだ？」
「なあに。おたく、あの亀食ってみたいんだろう？　あっしにも一枚噛ませておくれよ」
「一枚かませる、のだ？」
　ぽかんとする後木に、骨削がつけ加えた。
「協力するってことだよぃ」
「おおっ！　それなら大歓迎なのだ！」
「契約成立だねぇ」
「あ、でも尻尾は真央ちゃんのものなのだ！　ひさごちゃんは足を食べるといいのだ！」
「別に構わんよ」
　最も、調理前にまるごといただくがねぇ、とまでは口には出さなかった。
「さて、早速だけどどうやって捕まえたものかねぃ。そもそもあれ、本当に例の迷い亀なのかね？」
「それは間違いないのだ、それに、もう策は考えてあるのだ！」
「ほう、どんな？」
「見てるのだ！　にゃにゃにゃがおー！」
　後木が身体を丸めて叫ぶと、どこからともなく三毛猫が姿を表した。
「なるほど、その猫に持ってこさせるってわけねぇ。……死んだりしないかねぇ？」
「大丈夫なのだ、それに、結局食べるんだから死んでも問題ないのだ！　がおー、あの亀を持ってくるのだ！」
　骨削のそれとない引き止めを意に介さず、後木の三毛猫は一直線に亀へと走って行き、亀の甲羅に噛みついた。
　が、亀とはいえ結構な重さがあり、持ち上げようとしているのも猫である。亀は手足と頭を甲羅にひっこめ、いくら噛み付こうが引っ掻こうがびくともしなかった。
　三毛猫はふと辺りを見回して周囲のにおいさえ嗅ぎなれないものであることに気付き、ふらふらとあさっての方向に走って行ってしまった。
「あっ！？　ちょっと、どこ行くのだ！　がおーっ！」
　真央も猫を追いかけてどこかへ行ってしまい、残された骨削は苦笑いをした。
「利用しやすそうだからと協力を持ちかけたものの、あれに任せてたらほんとにうっかり殺しかねないねぇ。あの調子じゃいつ捕まえられるかもわからんし、今のうちに他の協力者を探しておくかね」
　そう言って一歩踏み出した骨削だったが、ふと辺りを見回して足を止めた。
「んん……」
　自分のいる場所は二つの建物に挟まれていて、近くに噴水が見える。立っている場所は茂みの中で……すべて初めて見る光景だった。唯一見たことがあるのは、甲羅から頭だけ出してきょろきょろしている亀くらいか。
「これは……やられたねえ」
　こうなっては仕方ないと、骨削はその場に座り込んだ。迷子になっている状態で下手に動きまわるのは得策とは言えないし、亀を見ていればやがて誰かが亀を探してやって来るかもしれない。
　骨削が茂みで隠れていると、一人の男子生徒がなにやら歌を歌いながらやってきた。
「せっかいーのうっちでーおーまえっほど～……ん？」
　なぜか「もしもしかめよ」を歌っていた御剣刀は、噴水の縁で休んでいた亀と目が合った。
「……亀、だな。例のもれいびかな？」
　何の気なしに御剣が亀を持ち上げ、亀のろっこんが発動してしまった。
「あれ？　さっきまで普通に歩いてたのに、どこだ？　ここ」
　御剣は周囲の景色を見回し、手元の亀を見て、しばらく考えてから、納得したような声を上げた。