亀が迷って、人も迷って｜リアクション

亀が迷って、人も迷って

　一方、生物室では、他の生徒と同様に噂を聞いてやってきた大天使天吏の姿があった。
「（ねこったーによると、亀はここに……）失礼します」
　そろそろと扉を開ける大天使だったが生物室には誰もおらず、亀らしき姿もどこにもなかった。
「水槽はあるけど亀がいない？　脱走したのかしら。でもあたりに水もこぼれてないし、一体どうやって……」
　誰かが持ちだした？　もしかして猫がさらっていって……、などと考えていると、目の下にくまを作り、あくびをしている女生徒が生物室に入ってきた。
「失礼しまーす。あれ？　誰もいない……」
「あら。あなたは？」
「おおっ」
　誰も居ないと思っていたところに声をかけられたせいか、その女生徒はびくっと身体をふるわせた。
「と、塔尾松生……。迷子の亀がここにいるって聞いて来たのだけど、亀は？」
　塔尾は机にかばんを置き、椅子をひいて疲れたように座り込んだ。およそかばんが出すとは思えないようなガラガラという音に大天使が少したじろいでしまう。
「私もそれで来たんだけど、脱走した……みたい」
「え、どこに行ったの？」
「……さあ？　でもさっきねこったーで生物室にいるって情報を手に入れたばかりだし、まだ遠くへは行ってないと思うわ。探しましょう」
「……え、探すの？」
「探さないの？」
　塔尾は大天使と自分の座っている椅子を見比べて、目のくまを抑えて少し考えこむ。数秒そうした後、ようやく椅子から、むっくりと立ち上がった。
「……よし、探すわ」
「ずいぶん、考えるのが長かったわね。塔尾も亀を見にここへ来たんじゃないの？」
　塔尾は軽くため息をついた。
「そうなんだけど、一度椅子に座ると立ちあがるのがおっくうで……」
「確かに、すごい目のくまね。昨日何時に寝たの？」
「寝てないわよ。寝るのが嫌いなの」
「あら、そうなの？　でもいくらかは寝たほうがいいと思うわ。睡眠は人にとって、いえ全ての動物にとって必要なもので、眠らないと脳に影響が出るの。昔アメリカのラジオDJが２００時間以上寝ないというチャレンジに挑戦したんだけど……」
「……ねえ、その話はまた今度にしない？」
　生物室の扉を開けながら塔尾がつぶやいた。
「あら、どうして？」
「眠くなりそうだからよ」