亀が迷って、人も迷って｜リアクション

亀が迷って、人も迷って

　このとき迷子になったのは、神野と新井の二名だけではなかった。
　生物室を目指していた花風は、見回している景色に対する見覚えが唐突になくなっていくのを感じた。
「あ、あれっ……？　かなえちゃん……」
「うん？　どしたん？」
　西野町がきょとんとした顔で答える。
「ここ……どこ？」
「どこってそりゃあ……どこやここっ！？　さっきまで生物室に向かっとったはずやのに！」
「確かさっき北校舎に入って、階段を上って、それで……」
　きた道を思い出そうとする花風だったが、記憶の中にもやがかかっているようで、どうしても思い出せなかった。
「ううん、いつも通ってる道やのに思い出せん、それにこの唐突さ、もしかしたら……」
「……だれかの、ろっこん？」
「かもしれんね、誰が使ったのかわからんけど」
「ど、どうしよう……」
　西野町は「う～ん」と悩んでいたが、特にいい案は思いつかないようだった。
「まあ、近くの誰かに道を聞いてみるのが一番ちゃう？　あのー、すみませーん！」
「えっ、ちょっ、待って……！」
　ふと見かけた人影に駆け寄る西野町を慌てて花風が追いかける。
「私達、ちょっと道に迷ってもうたんですけど、ここどこかわかります？」
　西野町の呼びかけで振り返ったのは、神野と新井の二人だった。新井はなぜか、髪の毛や制服が水浸しになっていたが。
「あら、あなた達も？　実は私達も実験の途中で迷子になっちゃって」
「迷って男子トイレに入っちゃったんだよ、神野さん」
「余計なことは言わなくていいの！　というか、新井くんも女子トイレ入ったじゃないの」
「へっくしゅ！　……まあそれは置いておいて、あの亀はどこ？」
　亀というワードに、西野町と花風のふたりがぴくっと反応した。
「亀？　迷子の亀さん、この近くにいるの？」
「ええ、私達の実験というのは、その亀を使ったものなの」
「その割には、亀がどこにもおらんね」
　静まり返る一同。
「……神野さん？」
「……おかしいわね、確かトイレに入る前は……トイレ？」
「あれ？　そういえばここ生物室の近くのトイレやん。さっきまで迷ってたはずなのに、いつの間にか思い出しとる」
「……逃げられた！」
「いや、多分神野さんがどこかに置いてきただけだよね？」
　悔しそうな神野に対して冷静に突っ込む新井をよそに、
「つまり、さっき迷ったとこの近くにおるってことやん！　こうしちゃおれん、メロスを探すで、ももちゃん！」
「うん！　……めろす？」
　勝手に名前をつけて妙にやる気を出している西野町と、それに首をかしげる花風だった。

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