亀が迷って、人も迷って｜リアクション

亀が迷って、人も迷って

　生物室から出てのんびり亀を探す大天使に、一緒に来た塔尾が話しかけた。
「あんたはあの亀、どうするつもりなの？　えっと……」
「天吏……大天使天吏よ。川に返すのはよくないから自分で飼うか、学校で飼えないか聞いてみようと思うの」
「返しちゃだめなの？」
　うなづく天吏。
「ええ、そもそもその亀……ミシシッピアカミミガメは要注意外来生物に指定されてるの。EUなどでは輸入が規制されてるし、サルモネラ菌も持っているかもしれないからうかつに放せないわ。サルモネラ菌っていうのはグラム陰性通性嫌気性桿菌の腸内細菌科の一属で……」
　歩きながら話していた大天使だったが、ふと塔尾の足音が聞こえないことに気がついた。どこに行ったのかと見回してみると、少し後ろで塔尾がやや宙に浮き、前にも後ろにも進めなくなっていた。
「……どうしたの？」
「ごめん、あまりにどうでも、いや難しい話だったから……。確かかばんの中に目覚ましのミントガムと、あと……眠眠打破があったはず」
「……塔尾、かばん、持ってないわよ」
「あ、生物室に置いてきたんだった……。ごめん、取ってきてくれない？」
「……仕方ないわね。ちょっと待ってて」
　幸い、今いる場所は生物室からさほど離れてはいない。大天使は急がず慌てずゆっくりと生物室に戻り、塔尾が机においたかばんを手にとった。
「重い……できれば眠眠打破だけ持って行きたいけど、勝手に中身をあさっちゃいけないし」
　幸い無理な重さではないので、大天使は行きの倍ほどの時間をかけて塔尾の元へと戻った。
「ふう、持ってきたわよ……あら」
　塔尾は廊下の真ん中であるにもかかわらず、ふわふわと浮きながら寝ているようだった。しかしその顔はどことなく苦しそうで、ときおり指がぴくっと震えている。
「私としては早く亀を探しに行きたいところだけど……ここに置いてくのもあれね」
　大天使は浮いている塔尾をそっと押して壁際に寄せ、風で流されないように足に塔尾のかばんをくくりつけた。
「はあ……いい風……」
　大天使は中庭の見える窓際に立ち、木の枝にとまっている雀を見つけるとふふっと微笑した。
「……ところで、どうして私塔尾と一緒にいるんだっけ。……あら？」
　大天使が雀を目で追って下の方を見ると、噴水の近くでなにやら話してる二人と、茂みに隠れてそれを覗いている骨削の姿が見えた。そして噴水の縁にいる深緑のものは……。
「あれは、亀？　……そうだわ、亀を探していたんだった」
　大天使が手をぽん、と叩くと、遠くの方から小走りにかけてくる四人の人影が見えた。
「あのー、この辺でこんくらいの大きさの亀見ませんでした？」
「あれ、この人寝てる……？　けど、苦しそう……」
「ああ、その亀は私達も探してて、今見つけたわ。あそこ」
　大天使が噴水を指さすと、しばらくして西野町も「あー、ほんまや！　メロスや！」と嬉しそうにはしゃいだ。
「……メロス？」
「あ、うちにも亀いまして、それがセリヌンティウスいうんですけど、同じアカミミなもんで、一緒に飼いたいなーおもてまして。セリヌンティウスのお友達やから、メロスかなーと。そんなことより、はよ行きましょ！　ボサボサしてたらまたどっか行くかも知れへんし！」
　西野町が「ほら、ももちゃんも」と花風の手を引っ張ろうとすると、花風は「だめなの」と言ってその手を払った。
「ももちゃん？」
「この人、苦しそうなの。置いてはいけないの」
　花風の指さした塔尾は未だにふわふわと浮きながら眠っていた。
「せやかて、この人さっきからずっと寝とるやん。ちょっとやそっとじゃ起きんのとちゃうの？」
　西野町の説得に、大天使も頷いた。
「ええ、さっきから結構待ってるけど、一向に起きる気配がないもの」
「……やってみるの」
　西野町が「何を？」と首をかしげるのを背中で流しながら、花風は一枚の葉っぱを取り出し、頭を垂れて深く祈った。と同時に苦しんでいた塔尾の表情が少しづつ安らいでいき、ゆっくりと目を開いた。
「……はっ、私は何を？　いたっ！」
　目が覚めた塔尾は浮いていた力が切れたのか、ちょっとした段差程度の高さとはいえ、したたかに腰と頭を地面にぶつけてしまった。
「あら、起きたの？」
「ほんまに起きたなぁ。ももちゃん、なにしたん？」
「うん……ベルガモットの『安らぎ』の花言葉を使ったの。そうしたら起きられるかと思って……」
　しばらく腰をさすっていた塔尾もすっくと立ち上がると、相変わらずのくまのできた目を閉じて大きく伸びをした。
「確かに、寝たにしてはすっきりしたわ。ありがと」
「普通逆だけどね。それじゃ、行きましょうか」

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