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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
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あなたがここにいてほしい
お正月は寝正月。
年明けて三が日は自室で、七枷 陣は母と過ごした。具体的な中身はあるようでなく、のんべんだらりの三日間、これを寝正月と人は言う。アルバイトは当然休みで、受験勉強のほうにも身が入らなかった。
こんなことでいいのかなぁ。
せっかく母が作ってくれたので、おせち料理を食べつつ陣は思ったものだ。だからといって気持ちが切り替わるものでもない。なのでだらだら、お正月以外ならいつ食べても、とくに美味とも感じない昆布巻きや数の子、ごまめだの有頭エビの艶煮だの、そういったものを餅と交互にもしゃもしゃいただいてすごした。一年一度くらいならこれもまたいいものだ。
大晦日まではある程度受験生らしき緊張感はあった。だが三日、ぽっかり休んだこともあって頭はいくらかふやけたように思う。
もちろん翌日からは心を入れ替え、大学受験直前の高校三年生らしく勉強をはじめたのだが、どうにもエンジンがまだ冷たいというか、いまひとつ身が入らなかった。
だから自主登校日に『クラン＝G』のバイトを入れたのは、意識転換にもちょうどよかったのではないか。
島内の小中学校はまだ冬休みだ。世のチルドレンにはお年玉ボーナスもあって購買意欲も高まっている。稼ぎ時ではある。忙しく体を動かせば、正月休眠モードに落ち着いていた脳も、しゃきっと目覚めることを期待している。
かくいうわけでゲームショップ『クラン＝G』の初売り日に、陣はグリーンのエプロンを巻いたのである。
「あけましておめでとーございまーす」
開店前、従業員入口から入って挨拶した陣に、
「七枷さん。明けましておめでとうございます」
深々と三佐倉千絵がお辞儀した。
「あっ、ども。おめでとう」
驚いて陣は直立する。オーナーにして千絵の父三佐倉 杏平の姿はなかった。例年通り寝ぼけ眼の杏平が、ぼさぼさ頭で出迎えてくれると思っていただけに油断していた。
「今年もよろしくお願いします」
千絵の受け答えは普段以上にキビキビしている。笑顔に一点の曇りもない。
「こちらこそ、オナシャス」
ごにょごにょと言って、陣は頭の後ろをぽりぽりとかいた。
千絵ちゃん、ひきずってない……みたいだな。
正直、陣は千絵とは顔をあわせづらかった。
昨年末、陣は千絵から告白を受けたのである。
若干十二歳、中学一年生の身ながら千絵は、『クラン＝G』を売却するかどうか、その決定を委ねられる身だった。店を売却してその資金でドイツ留学するか、売らずに寝子島に残るか、ずっと悩んでいたのだった。
陣はできれば残ってほしいと千絵に言った。すると千絵はあの日、自分と結婚して店の経営を手伝ってほしいと陣に言った。
千絵ちゃんはしっかりしたいい子だ。ゲーム好きだしノリもいい。とても魅力的な女の子だと思うよ。本当、僕にはもったいなさすぎるくらい。
だけど――。
「千絵ちゃんの気持ちにだけ、ありがとうと言わせてもらうよ」
これが陣の回答だった。
「でも僕は、紅が好きなんだ」
「……知ってました」
千絵は微笑した。口元だけで。
そして彼女は店の売却を決めた。
最初は渋っていたが、売却相手ギルド・オブ・エイジズ社のリック・ヤンの説得を受け、心が動いたと千絵は言っている。
まもなく彼女の父杏平はドイツへの移住手続きをはじめた。以前から誘われていた事業を手伝い、EU圏中心に活動するという。
ドイツの学校の新学期は八月だが、千絵は三月末で海を渡る予定である。早めに現地の外国人学校で語学を習得し、環境に慣れるためだという。当然杏平も付き合うので、三佐倉親子は『クラン＝G』の受け渡しとほぼ同時に日本を去ることになる。
そろそろこのタイミングで――。
オランウータンおじさん（見た目が似ている）こと杏平が、「あけまして、どーん！」とか「あけおめぼーん！」とか奇怪な叫びを上げて入ってくるのではないかと陣は期待した。そして初売りの指示を「そこらへんちゃっちゃーっとやっちゃって」などと感覚的な表現ではじめるのではないかと。
ところが今日に限ってそれはない。肝心なところで頼りにならないおじさんである。
千絵は笑顔で陣を見つめている。でも何も言わない。
言えないのかな。
だよね、たぶん千絵ちゃん、僕が今日シフト入れたこと知らないと思うし。
「じゃ、じゃあ開店準備、しようか」
言われてはじめて気づいたように、「そうですねっ」と千絵は元気に返事した。
「現体制の『『クラン＝G』最後の初売りセールですもん。がんばらないとっ」
などと腕をまくってみせ、ポニーテールをひるがえして店の奥に消える。
陣は黙ってその背を見送った。
ごめんな、千絵ちゃん。
紅がいなかったらきっと僕、君のことを一番好きになったと思うよ。
年明けて三が日は自室で、七枷 陣は母と過ごした。具体的な中身はあるようでなく、のんべんだらりの三日間、これを寝正月と人は言う。アルバイトは当然休みで、受験勉強のほうにも身が入らなかった。
こんなことでいいのかなぁ。
せっかく母が作ってくれたので、おせち料理を食べつつ陣は思ったものだ。だからといって気持ちが切り替わるものでもない。なのでだらだら、お正月以外ならいつ食べても、とくに美味とも感じない昆布巻きや数の子、ごまめだの有頭エビの艶煮だの、そういったものを餅と交互にもしゃもしゃいただいてすごした。一年一度くらいならこれもまたいいものだ。
大晦日まではある程度受験生らしき緊張感はあった。だが三日、ぽっかり休んだこともあって頭はいくらかふやけたように思う。
もちろん翌日からは心を入れ替え、大学受験直前の高校三年生らしく勉強をはじめたのだが、どうにもエンジンがまだ冷たいというか、いまひとつ身が入らなかった。
だから自主登校日に『クラン＝G』のバイトを入れたのは、意識転換にもちょうどよかったのではないか。
島内の小中学校はまだ冬休みだ。世のチルドレンにはお年玉ボーナスもあって購買意欲も高まっている。稼ぎ時ではある。忙しく体を動かせば、正月休眠モードに落ち着いていた脳も、しゃきっと目覚めることを期待している。
かくいうわけでゲームショップ『クラン＝G』の初売り日に、陣はグリーンのエプロンを巻いたのである。
「あけましておめでとーございまーす」
開店前、従業員入口から入って挨拶した陣に、
「七枷さん。明けましておめでとうございます」
深々と三佐倉千絵がお辞儀した。
「あっ、ども。おめでとう」
驚いて陣は直立する。オーナーにして千絵の父三佐倉 杏平の姿はなかった。例年通り寝ぼけ眼の杏平が、ぼさぼさ頭で出迎えてくれると思っていただけに油断していた。
「今年もよろしくお願いします」
千絵の受け答えは普段以上にキビキビしている。笑顔に一点の曇りもない。
「こちらこそ、オナシャス」
ごにょごにょと言って、陣は頭の後ろをぽりぽりとかいた。
千絵ちゃん、ひきずってない……みたいだな。
正直、陣は千絵とは顔をあわせづらかった。
昨年末、陣は千絵から告白を受けたのである。
若干十二歳、中学一年生の身ながら千絵は、『クラン＝G』を売却するかどうか、その決定を委ねられる身だった。店を売却してその資金でドイツ留学するか、売らずに寝子島に残るか、ずっと悩んでいたのだった。
陣はできれば残ってほしいと千絵に言った。すると千絵はあの日、自分と結婚して店の経営を手伝ってほしいと陣に言った。
千絵ちゃんはしっかりしたいい子だ。ゲーム好きだしノリもいい。とても魅力的な女の子だと思うよ。本当、僕にはもったいなさすぎるくらい。
だけど――。
「千絵ちゃんの気持ちにだけ、ありがとうと言わせてもらうよ」
これが陣の回答だった。
「でも僕は、紅が好きなんだ」
「……知ってました」
千絵は微笑した。口元だけで。
そして彼女は店の売却を決めた。
最初は渋っていたが、売却相手ギルド・オブ・エイジズ社のリック・ヤンの説得を受け、心が動いたと千絵は言っている。
まもなく彼女の父杏平はドイツへの移住手続きをはじめた。以前から誘われていた事業を手伝い、EU圏中心に活動するという。
ドイツの学校の新学期は八月だが、千絵は三月末で海を渡る予定である。早めに現地の外国人学校で語学を習得し、環境に慣れるためだという。当然杏平も付き合うので、三佐倉親子は『クラン＝G』の受け渡しとほぼ同時に日本を去ることになる。
そろそろこのタイミングで――。
オランウータンおじさん（見た目が似ている）こと杏平が、「あけまして、どーん！」とか「あけおめぼーん！」とか奇怪な叫びを上げて入ってくるのではないかと陣は期待した。そして初売りの指示を「そこらへんちゃっちゃーっとやっちゃって」などと感覚的な表現ではじめるのではないかと。
ところが今日に限ってそれはない。肝心なところで頼りにならないおじさんである。
千絵は笑顔で陣を見つめている。でも何も言わない。
言えないのかな。
だよね、たぶん千絵ちゃん、僕が今日シフト入れたこと知らないと思うし。
「じゃ、じゃあ開店準備、しようか」
言われてはじめて気づいたように、「そうですねっ」と千絵は元気に返事した。
「現体制の『『クラン＝G』最後の初売りセールですもん。がんばらないとっ」
などと腕をまくってみせ、ポニーテールをひるがえして店の奥に消える。
陣は黙ってその背を見送った。
ごめんな、千絵ちゃん。
紅がいなかったらきっと僕、君のことを一番好きになったと思うよ。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2023年11月12日
- 参加申し込みの期限
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- 2023年11月19日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2023年11月19日 11時00分
