あなたがここにいてほしい｜リアクション

あなたがここにいてほしい

　店の裏。狭い路地まで紅美は陣を連れ出し、行き止まりの壁に追い詰めた。
　手をドンと陣の顔の横につく。
　リアル壁ドン……。
　とっさに思った陣だが先に口を開いたのは紅美だ。怒りの目で陣をにらむ。
「店のこと、聞いた。千絵から」
　あー。
　紅が朝一番に駆けつけたのは、これを問いただしたかったからか。
　でも僕の体が空くまで待ってくれたのは、紅も成長した、ってことだよね。
「聞いたのは、店内の張り紙を見るより前に……？」
「トーゼンだよ。今日張り紙を見て、動かしようのない事実だって確認しただけ！」
「そうか、うん」
　紅はどこまで千絵ちゃんから聞いてるんだろう。
「陣テメー、止められなかったのかよ！？」
「それを僕に言われましても……だって、千絵ちゃんが決めたことだからさ」
「あほか！　あんたが『千絵ちゃんのことが好きだ！　ドイツに行かないでくれ！』って言ったらできただろーが！」
　ああ、つまり――陣は理解した。
　紅は知らないのか。
「僕がどうこうするのは……たしかに紅の言うとおりにできたかもしれんけど、できないよ。千絵ちゃんの気持ちは聞いた。そのうえで、断った」
「は？　キモ、なに言ってんの！？　千絵みたいにいい子いないしおまけに『クラン＝G』がついてくるんだよ！？　杏平店長なんて半分引退してるようなもんだから、千絵の気持ち受け入れたらあんた、たちまち共同経営者だよ！　激レアスペシャルカード引いたようなもんじゃん！！　バカなの！？」
　それよりあたしはナァ、と紅美は陣に顔を近づける。
「店がどうこうってーより、テメーがあたしの親友を傷つけたことが一番頭にきてんだからなっ！」
「……嘘はつきたくなかった。僕には好きな子が別にいて、その気持ちを無視したくなかったから」
「ハァ！？　誰だよそいつはっ」
　言うしかない。
　路地裏で、しかも壁ドンされてる状況でなんて、不本意だけど。
　大きくため息をつくと、押され気味の体勢を押し返すように陣は身を起こした。
「……おめーだよ」
「え？」
「紅。僕は、君が好きだ。」
　頭が真っ白になったのだろうか。紅美は口を半開きにしたまま目を見張った。
　ここで陣はおどけた声を出す。
「って言ったらどうする？　ははははは、固まっておるわー」
「か、からかうんじゃねぇよこのキモクソ！」
「いや事実やけどね？」
　この瞬間、すでに陣は真剣な表情に復している。同時に、紅美は口半開きに逆戻りだ。
「あ、変に誤解されないように言っとくけどな。お前がいたから千絵ちゃんが遠くへ行くことになったとか、そういう解釈するのだけは絶対止めろよ！　そういう話じゃねーからな！　だから……」
　その先はつづけられなかった。
　紅美は無言で百八十度反転、下を向いたまま脱兎のごとく逃げ出してしまったからである。
「おい待て……よ……」
　陣の声はずいぶんと小さくなり、最後は蚊の鳴くような音にしかならなかった。
　もし紅美が立ち止まったとしたら、次にどう言えばいいのかわからなかったから。