愛がサイコーにあふれてるっ！｜リアクション

愛がサイコーにあふれてるっ！

　愛をテーマにした新聞。
　それは校内の廊下を賑わせるには十分で、情報提供者を募集していることはすぐに鴻上彰尋の耳にも入ってきた。
（愛かぁ……）
　その単語を聞いて、まっさきに思うのは『ちょっと照れくさい』ということ。別にひけらかすように語れと言うわけでもないだろうし、愛にも色々あるとは思うのだけど……どんな形であれ好きな物を語るのは、勇気が必要な気がする。
　なら、聞いて回る手伝いくらいならできるかもしれない。今のクラスメイトだけでなく、クラスが離れてご無沙汰になってしまった友達とか、知った顔を訪ね歩くのも楽しいだろう。
（何を聞こうかな）
　自分が照れくさいと思うように、唐突に好きな物を聞かれてたって困らせるのは目に見えている。それこそ、会話の流れを用意できなければ、「じゃああなたは？」と問い返されてしまうだけだ。
　何か答えられるようにしておかないと、フェアではないことに口を噤まれてしまうかもしれない。何か例え話でもと思って、彰尋は階段の踊り場から窓の外を見た。
（俺の好きなものは、やっぱり）

　南校舎からグラウンド方面へ向けての窓は、海が見える。浜辺までは見えないが、少し高台にある校舎からは煌めく海面が見渡せ、冬の放課後ともなればすっかり夕焼け色に染まっていた。
　それもまあ、悪くないのだけれど。彰尋の好きな時間帯は、どちらかというと――。
「……絞り込めないな」
　彰尋にとっての海といえば、寝子ヶ浜海岸だ。
　季節も問わず、時間帯も早朝から深夜まで思い出深いそこには、たくさんの思い出がある。だからか、そこ自体が特別な場所のような気がして、何かひとつに絞り込むのは難しい気がした。
　例えば、眠れない日に訪れるのも。どうしようもない感情に襲われたときに来るのも。
　もちろん何かあった時だけでなく、友達と楽しく遊んだりもした。それこそ、楽しい思い出は他の場所でもあったのに。やっぱりここは、ただ家に近い場所とは言い切れない何かがあるようだ。
　生徒用玄関まで向かい、今日も寄って帰ろうかなと思い馳せ。そこで「じゃあね！」と急ぎ帰る友達に手を振る七夜あおいの姿を見つけた。
「あおいさん、少し時間ある？」
「どんな用事？」
「新聞部がさ、情報提供者を募集してるやつ。俺も手伝おうと思ったから、あおいさんに話が聞けたらって」
　さすがにこの話はあおいの耳にも入っていたらしく、それだけ言うと「あれね」と言った顔で頷いた。
「じゃあ、歩きながらでいい？」
　どうやらスタボの割引クーポンを手に入れたものの、付き合ってくれそうな友達がバイトの応援に呼ばれてしまい、どうしようかと思っていたところらしい。
「あおいさんって、スタボ好きだっけ」
「うーん、嫌いじゃないけど高いからね。贅沢するぞ！　ってときやクーポンがあるときに行くかも」
　是が非でも行きたかったわけじゃないから、彰尋を誘ってまでというところはある。行くべきか行かざるべきかと悩むあおいに、この流れならと切り出してみた。
「そういえば、あおいさんに好きな場所って聞いたことなかったね」
「そうだっけ？」
　あちこちに行ったし、たくさん話した３年間。どこかでそんな話題が出てもおかしくなかったのに、ちゃんと聞いてみることはなかったように思う。
「今から行こうってわけじゃないんだけど、良かったら聞かせてもらえないかな？」
「なるほどね、それが彰尋君からの取材だ」
　それも理由の一部だけれど、それだけでもない。彰尋は「そんな感じ」と濁すように笑って、あおいの反応を伺った。
「そうだなぁ、高い場所とか好きだよ。観覧車でも、ビルでも、展望台でも」
　寝子島で巡った場所でも思い出しているのか、あおいは少し懐かしそうに目を細めて笑う。ちょっと照れくさいのか、数歩先を歩いて独り言のように零した。
「くよくよしちゃったときに行くとね、ちっぽけな悩みだな～って思えるし……ちょっと強めの風とかね、嫌なことも不安も全部吹き飛ばしてくれそうだし」
　あまり悩む姿を見せないあおいの、大事な場所。一緒に行ってみたいと言うのは躊躇われる気がして、彰尋は踏切の向こう側に見える海を眺めた。
　あそこは、あおいと初めて会った場所でもある。それを彼女が覚えているかは、わからないけれど。
　今日、寄り道に誘うなら――。
「スタボの新作ってなんだっけ」
　大切な場所でしんみりするくらいなら。特別ではない当たり前を、君と。

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愛がサイコーにあふれてるっ！

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