【大晦日】猫の島がわんわんわん！｜リアクション

【大晦日】猫の島がわんわんわん！

ティオレ姐さんの行く年くる年

「そういや、もうそんな時期か……」

　星幽塔、第一階層。
　城下町が妙に賑わっている。
　冒険者として盗賊稼業にいそしむティオレ・ユリウェイスは、第七階層の遺跡探索から久しぶりに街に戻って来たところだった。第七階層は砂漠の世界なので季節感もへったくれもない。だからティオレもカレンダーがどのくらい進んだのかなどあまり気にしていなかった。ここ第一階層に戻ってきて、街を歩く人々の装いや店の軒先に並ぶ商品を見て、そうかもう年越しの時期なのかと思い至る。
（もっとも、私にとって『行く年くる年』なんてものは、何ら感傷を誘うものではないけどね）
　見た目こそ２０才そこそこのティオレは、実際には呪いを受けて不老不死になってしまってから早８００年以上の時が過ぎている。老いて死ぬ定めの者から見たら、羨ましい、と思うだろうか。だが、自分にとってはもはやどうでもいいことだ。時は終わりを刻むことをやめ、単に緩慢に流れ淀むものでしかなくなっているのだから――。

　街に漂う年越しの喧騒を横目に、ティオレは遺跡で獲得したお宝を換金しようと鑑定屋へ向かう。
　ところが鑑定屋の親父ときたら鼻の先まで真っ赤な顔で、店の前で仲間と飲んだくれていていた。
「悪いねー、ひっく、今日はもう店じまいだよ」
「ちっ。気が早いよ親父」
「なに言ってんだ、年が変わる日に働いてられるか。年が明けて４、５日したら来な」
　やれやれだ。
「理解できないよ。稼がせてやろうと思ったのに、こんな上客の私より酒なんてさ」
「こっちだって残念だよ。あんた下戸だもんな。一緒に呑んでけってわけにもいかねえ」
「昔は底なしに呑めたんだけどね」
　――昔、ってのは呪いをかけられる前のことだ。当時はどれだけ呑んでも翌日悪酔いもせずケロッとしていられるくらいのうわばみだったのだが、呪いのせいで酒が受け付けられない体質になったのか、極端に下戸になってしまった。
（何でこんなことを思いだしたんだか。もう何百年も前の話なのに）
　酔っぱらいの相手はしていられないので、鑑定屋を後にする。

「そういやアイツ──」
　換金し損ねた宝玉を手の中で弄びながら、ティオレはふと、ある男のことを思い出した。
「ネコジマで出会った若杉勇人という妙なヤツ……」

　勇人との出会いはネコジマでハロウィンとか呼ばれる祭りの時だったか。それからもう一度、ネコジマで。そのときはスポーツバーとかいうところで『ヤキュウカンセン』とかいう棒を持った男たちが球を打ち合うのを見る遊びをした。正直、ヤキュウカンセンはいまいち面白さが分からなかったというか、モンスターとの戦いをしている方がよほど血が沸くとは思ったが、あれやこれやと楽しそうに解説をする勇人の顔を見ているのは面白かった。
「あいつなにしてるかな。あの性格じゃ他に女はできそうにないしな。その点では心配はしてないが」
　ぶつぶつと口に出して、ふと、我に返る。
「何言ってるんだ私は」
　これじゃあまるで、あいつといい仲になりたがっているみたいじゃないか。
「私が？　あんな純粋な目をしたやつと？」
　呪いやら盗賊やらといった世界で生きていると、ネコジマのような平和な世界で日の光を浴びて暮らしているやつが妙にまばゆく見えるのは確かだ。
（あいつは……私とは違う）
　だから、面白い。
　自嘲気味な笑みを浮かべて、ティオレは弄んでいた宝石を胸の谷間にしまう。
「まあいいや、ネコジマへ行ってみるか。アイツに会いに」
　たしかネコジマでは『星呼祭』の季節のはずだ。