【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！｜リアクション

【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！

【Ｂコース】通常の終業式とホームルーム
　講堂に並べられたイスに生徒達が座る。終業式が始まる前の浮ついた様子がざわめきとなって舞台袖まで聞こえてきた。
　そこに青山絢は緊張した面持ちで待機していた。
　――司会進行役に選ばれた。そのことについて文句はないわ。重要な役割を任せて貰えて誇らしい気分になれるのだけれど……。
　絢は怯えたような目を周囲に向ける。少しでも動くものがあると肩をビクッとさせて反応した。
　――今回はあの時とは違う。厳かに進行する終業式でバニースタイルはないわ。たぶん、ないよね？
　心の中でも言い切れない。払拭できない過去が絢を過剰に憶病にさせた。
　横手から足音が聞こえる。絢は瞬時に振り向いた。
　スーツ姿の黒崎俊介がにこやかな顔で手を挙げた。
「やあ、教頭の僕だよ」
「黒崎先生、開式のスピーチですか」
「そうだよ。それと青山さんに渡しておくよ」
　右手で前髪を掻き上げながら俊介は折り畳んだ紙を差し出した。
「これは？」
「終業式の流れを大まかに書いておいたよ。これでスムーズに進められるはずだ」
「あの、それだけですか？」
「他に何かあるのかい？」
　柔らかい笑みで問い掛ける。
　絢は慌てて言った。
「ないです。これでいいです」
「じゃあ、始めようか。僕達と君達の終業式を」
「はい、やりましょう」
　不安を消し飛ばすような笑顔で言った。

　教頭による開式の辞は難なく終わり、理事長の野々ととおへと引き継がれた。
　舞台袖から現れた途端、不穏なざわめきが起こる。
　マイクを持った絢の耳にも届く。
　――思っていた以上に能力向上テストの印象は悪いみたいね。他人事ではないけれど、私ではどうにもならないわ。あとはテストに参加する人達の健闘を祈るしかないわね。
　理事長のフランクな話し方が幸いして騒動に発展することはなかった。
　ほっとする間はなく、ほっほっほ、と朗らかな笑い声が聞こえる。生徒達の私語は極端に減って舞台袖に目をやる。
　軽やかな足取りで校長の雨宮草太郎が現れた。微笑むような糸目で、チャオ♪　と方々に向けて言った。
　草太郎は中央の演台で足を止めた。サスペンダーを親指で前へ引き伸ばし、パチンと軽やかな音を立ててマイクに口を近づけた。
「チャオ♪」
　生徒達は戸惑う。草太郎は温和な顔で、ほっほっほ、と笑った。
「かの高名な哲学者、シトラス・ガムダンは言いました」
　お決まりの文句を口にした。その後の長々とした展開を予想した生徒達が次々に嫌悪感を態度で表現した。
　五分が経過した。草太郎の話は終わりそうにない。絢は耐えるような表情で微かに上体を揺らす。
　その時、俊介が動いた。足早に近づいて草太郎に耳打ちすると言葉が途切れた。
　押し遣ろうとした動作に同調して絢はマイクを口に近づける。
「校長先生のスピーチでした。次は生徒によるマイクパフォーマンスになります。主張したいことがある場合は、その場の挙手でお願いします。先生達による指名もありますので奮ってご参加ください」
　歓声と悲鳴が入り混じる中、大きな反発を受けることなく進行していった。

　終業式が終わると生徒達はクラスに戻ってホームルームを受けた。担任から冬休みの過ごし方についての説明があった。何人かの生徒の疑問に答えて最後の通知表の受け渡しへと移っていった。
　絢は早々と名を呼ばれた。控え目な声で、はい、と答えて通知表を受け取った。
　席に戻ってから開いてみた。整然と５が並ぶ。その中に異物のような４が挟まっていた。
　――オール５と思ったら４が二つもあるわ。この冬はいつもと違って受験を控えている。自分を追い込む必要があるようね。
　絢は通知表を閉じた。何とは無しに窓の方を見やる。青い空の一部が清々しく、心まで晴れやかに変えていった。