【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！｜リアクション

【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！

　いつもとは違う雰囲気の中、綾辻綾花はイスに座った状態で終業式が始まるのを待った。
　それとなく目が横に向く。先生達は壁際に並んでいた。舞台から離れたところに早川珪の姿があった。厳かな場とあっていつもの赤いシャツではなく、白いシャツに黒いスーツを合わせていた。
　――レアな珪先生もいいですね。式が始まると見られなくなる位置なので今の内です。
　見ているだけでは物足りなくなったのか。綾花は控え目に手を振った。
　珪は目立った反応を見せない。ただ、無造作に前髪を掻き上げた。
　綾花は前を向いた状態で目を伏せた。堪え切れない喜びで口角が上がる。
　――珪先生が私に微笑んでくれました。今は目を合わせることができません。私の顔は赤く染まっていると思うので。
　膝の上に載せていた手をギュっと握る。体内に溜まった熱を吐き出すような息を繰り返していると、舞台袖から教頭の黒崎俊介が現れた。
　生徒達は口を閉じた。静けさの中で俊介は終業式の始まりを告げた。
　普段の姿に戻った綾花は視線を上げて聞いた。続く理事長は出てきただけで、そこかしこから不満の声が漏れる。
　――確かに冬休み廃止は遣り過ぎのように思います。私は能力向上テストを受けませんが参加者にエールを送るつもりです。できれば珪先生と一緒に。
　再び頬がほんのりと赤くなる。綾花は手をパタパタとさせて自分自身に風を送った。
　理事長の話は短く、校長の雨宮草太郎の番となった。
　綾花はハンカチを用意した。いつでも手に取れるように膝の上に置いた。
　大体の生徒が想像した通り、話は哲学者の言葉の引用から始まった。
　――この話が始まると長くなります。睡魔との戦いになります。下手に欠伸を我慢すると目が潤んで話に感動したように思われるかもしれません。気を良くした校長先生の話が更に長くなると困ってしまいます。
　考えている間に綾花の口が僅かに開く。膝の上に置いていたハンカチを急いで当てる。欠伸が出る前に阻止した。
　数分が過ぎると生徒達の頭が不自然に揺れ始める。綾花は強い瞬きで耐えた。
　頃合いと思ったのか。舞台袖から俊介が足早に現れた。話の最中の校長に耳打ちして会話を止めた。
　司会進行役の青山絢がマイクで校長の話が終わったことを告げた。
　生徒達の頭の揺れが収まった。
　綾花はほっとした表情でハンカチをポケットに収める。
　――危ない時もありましたが、なんとか眠らずに乗り越えることができました。自分を褒めてあげたいです。
　その後は順調に進んで生徒達は講堂を後にした。

　三年四組の教室に綾花は戻ってきた。
　そこで担任の桐島義弘が冬休みの過ごし方について話し始める。内容は至って普通で寝子島高校の生徒らしく節度ある生活を心掛けるようにと念を押して言った。
　綾花どこかうっとりとした表情で聞いていた。
　――受験勉強はしますが、根を詰めるのは良くないです。珪先生と過ごす癒しも必要ですね。クリスマスや年末年始に一緒にいたいと思う気持ちは我がままでしょうか。
　先生が青森の実家に帰省しなければの話ですが。
「それではこれから通知表を渡す。呼ばれたら取りに来るように」
　綾花は早い段階で呼ばれた。通知表の受け渡しの時に、よくがんばった、と声を掛けられた。
　席に戻った綾花は通知表を開く。一目で笑顔になった。
　――予想よりも良い成績で安心しました。
　全員に通知表を渡してホームルームを終えた。
　溌溂とした姿で綾花は教室を飛び出した。
　――珪先生のいそうなところはわかります。今、行きます。一緒に生徒達の奮闘を見ましょう。
　廊下に響く足音は軽快で喜びに満ちていた。