Ｊｕｎｏの花嫁｜リアクション

Ｊｕｎｏの花嫁

【知らない人のふりをしちゃおう】

　行きつけの店、『attitude』が今回の企画に協賛として名を連ねているということで、モデルを頼まれた直風満帆は、教会で知り合いの姿を見かけて、驚いた。
（え？　あれ、たくろーちゃんちゃうん！？）
　意外な人物のタキシード姿を目撃してしまい、満帆はさっと物陰に隠れた。
（うわぁ～、なんや気まずいわ～！）
　しかも、向こうはカップルで参加している様子だ。
「あ、隣にいるのは、この前見た人やわ。ふ～ん、結婚式のモデルやなんて、たくろーちゃん見かけによらず大胆やね……！」
　二人とも、真っ白な衣装に身を飾り、仲睦まじい様子で撮影の順番を待っているようだ。
（ほほーぅ、あのたくろーちゃんがねぇ、なるほどねぇ～）
「……とりあえず、変装せな。着替えてこよ……」
　見つからないようにこそこそと、満帆は控え室に向かった。

「えーっと、ドレスはこれやこれ。あとは、顔の隠れそうな……」
　満帆は衣装ケースからドレスや小物を取り出して、試着室で着替えをすませた。
　黒を基調とし、レースをふんだんにあしらった、キッズ用のパーティードレスだ。
　キッズ用とはいえ、装飾に手が込んでおり、存在感のある一着となっている。
（うん、このドレス、すごく可愛いなぁ）
　満帆は黒髪のロングのカツラをかぶり、丸いフレームの眼鏡をつけた。
「……これで別人に見えるやろ」
　鏡の前でくるりと回転してみると、スカートの裾がひろがって黒い一輪の花のようだ。

「次の方、スタンバイお願いしまーす」
　スタッフに誘導されて撮影場所に向かうと、そこでは一つ前のカップルの撮影がまだ行われていた。
（うわぁ、たくろーちゃんたち、うちの前やんか）
　満帆は邪魔にならないよう、そしてもちろん見つからないように、機材の影に隠れて撮影の様子を見学することにした。
（あの二人、付き合ってるんやろなぁ……。彼氏かぁ、ええなぁ……）
　漠然とした憧れが胸中に広がる。
　中学のとき友達に、チェックが厳しすぎるのだと言われたことがある。
（……けどなぁ、そんなことない思うねんけど、なぁ）
　しかし、拓郎と彩葉のやりとりを見ていると、付き合っているにしては互いに遠慮が見られるような気もしてくる。
（……ん～？　あの二人は結局、どうなんやろね？　けどやっぱり、ええなぁ～……）
　物思いにふけりながら撮影を眺めていると、やけにキラキラした装いの八十八旗信彦が、満帆を見つけて駆け寄ってきた。
「やあ、遅れてごめんね！　探しちゃったよ、せにょりーた！」
「え……ええと……？」
「こんなところに隠れていて、恥ずかしがり屋さんなのかな？　でもこんなに可憐な花を見逃すなんて無理な話だよ！」
「何の用……やろか」
「おっと失礼！　俺は幸運にも、撮影のパートナーに選ばれた男なのさっ」
「あっ、そうやった……、これ、ウェディング特集の撮影やもんなぁ」
「俺の可愛い花嫁さん、黒髪に繊細なレースのドレスが素敵だね！　エスコートは俺に任せておくれよ」
「あ～ハイ。よろしく……？」
　こんなに目立ちそうな人と一緒だとすぐに見つかってしまいそうで、心臓がばくばくした。
　拓郎と彩葉の様子を横目でうかがう満帆に気づいて、信彦が彼女の腕をとる。
「向こうが気になるのかい？　妬けちゃうな！　その美しい眼差しは俺に向けてくれたら嬉しいな～！」
「あっ、あの、撮影中やから、もうちょっと静かに……」
「ん？　そうだね！　小声で寄り添って言葉を交わすのも素敵だよねっ」
（え～！？　この人、めちゃくちゃポジティブやわ～！）
「さあ行こう、せにょりーた！　俺たちの番が来たようだよ。今なら虹もかかってるってさ！」
　満帆の前では虹もかすむ……ようなことをつらつらと語る信彦に手を引かれて、撮影スタッフの元へと向かう。
（……うわっ）
　拓郎とすれ違うときには、目を合わせないよううつむいてしまったが、そのおかげもあってか、彼は一瞬首を傾げたものの、モデルの正体が満帆だとは気づかないようだった。
（はぁ～、やけに緊張したわ～）
　しかし撮影はこれからだ。
　信彦に褒め言葉を雨あられとかけてもらいながら、満帆は教会の前でポーズをとった。