ひねもすのたり、雲の切れ間に｜リアクション

ひねもすのたり、雲の切れ間に

　ややあって、おとなしく他の商品を眺め付いている値札のゼロの数に目を剥いていたすばるの前に、更衣を終えたブリジットが姿を現した。
「どうかしら？」
　ブリジットが身にまとっているのは海の底のように深い青を基調に、蓮の花を金糸で刺繍したチャイナドレスだった。
「…………」
　ブリジットの呼びかけにも応じず、すばるはぽかん、と口を開けてそれを眺めていた。
「ちょっとすばる？　感想は？」
「はっ……？　あ、あぁ、うん、似合ってるよすごく。綺麗だよ、ブリジットさん、やっぱり」
「なによ、それだけ？　まあすばるに何を期待していたわけではないけれど、もっと他に何か無いものなの？」
　そのチャイナドレスは彼女の青い瞳と金の髪と絶妙にあいまって、ブリジットをまるで宝石のように見せていた。
　大きく強調された胸元。
　すっきりとくびれた腰回り。
　深く切れ上がったスリットからのぞく、すらりと伸びた脚。
　千代紙のごとくに彩られたドレスに包まれて、ブリジットの英国由来の白い滑らかな肌がより一層透明度を増したようにも見える。
　その様を形容できるだけの言葉をすばるは持たなかった。
　まるで白紙の辞書の頁を繰るように、開いた口から何の言葉も出て来ない。
「うん、ごめん。でも、本当に綺麗だよ」
「そう、まあ良いわ。じゃあ行きましょうか」
　ブリジットはそのすばるの様子に満足したらしく、機嫌を直してそう言った。脇に控えていた店主にここで撮影しても良いかと尋ねていたすばるが不思議そうな顔をした。
「あ、撮影は駄目ですか、分かりました……、ってえ？　ブリジットさん、行くってどこへ」
「ショッピングよ。買い物に付き合ってって言ったでしょう」
「ここ以外にも行くつもりだったんだね。まさかその格好で？」
「ようやく出来上がったんだもの、なるべく着ていたいじゃない。勿体無いわよ。荷物持ち、よろしくお願いね」
「なるほど。ここだけじゃ僕が連れて来られた意味が無いと思ってたところだよ……。勿論喜んで務めさせて頂きますよ、お姫様。さ、お手を」
　そう言ってすばるはウィンクをし、騎士のように跪いてブリジットに片手を差し伸べた。
「もう、すぐ調子に乗るんだから。言ったでしょ、すばるの役目は荷物持ち。その手は一体何の為に空いているのかしら？」
ブリジットの言葉にすばるは残念そうな表情で差し伸べた手を引っ込めた。
「はい、荷物を持つ為です……」
「分かっているなら良いわ。……まあ、ちゃんとエスコートしてくれたらお礼にお茶くらい淹れてあげるわよ」
　そうしてすばるとブリジットはすっかり日も暮れた街へ出たのだった。