ひねもすのたり、雲の切れ間に｜リアクション

ひねもすのたり、雲の切れ間に

「チャイナドレスって聞いた途端鼻血噴くだなんて、ちょっと興奮しすぎよ」
「いやあ面目無い」
　ミス研の部室を出たすばるとブリジットは、シーサイドタウンのとある服飾店へとやって来ていた。店先にショウウィンドウは無く、店内を覗けるような窓も無い。入口にそびえ立つやたらと大きく重厚そうな樫の扉はむしろ来客を拒むような威圧感を与えている。
　服飾店というよりは、会員制のバーのような風情だ。
「ブリジットさん、本当にここで合ってるのかい？」
「当たり前でしょ、私が直接ここで注文したんだもの。馬鹿なこと言ってないで、早く」
　店構えに尻ごみするすばるをおいてブリジットはさっさと店内へ入ってしまった。まさかすばるだけこのまま帰るわけにもいかない。すばるもその後に続いて重い扉を開いた。
「待ってよブリジットさん……、ってうわぁ」
　店内の様子にすばるは思わず感嘆の声をあげる。
　ブリジット御用達の店だということである程度高級な店なのだろうと予想していたすばるだが、そこはその心構えのさらに上を行っていた。
　それほど洋服に関する見識が高いわけではないすばるでも、一目見ただけで感じるほどの高価な雰囲気がそこここにディスプレイされている商品から漂ってくる。
　すばるは値札から目を逸らすようにして、店主らしき人物と話をしているブリジットの傍へ歩み寄った。
　丁度、他に客はいないようだ。
「じゃあ、それでお願いします。……ほらすばる、あんまりきょろきょろしないの」
　店主は頷くと、カウンターの奥へと姿を消した。
「ああ、ごめん。ちょっと、空気に負けそうで」
「まあその気持ちは分からないでもないけれど、でも値段が高いから偉いわけじゃないのよ？　それだけ高くっても欲しいと思う人がある程度現れるようなものを売っているからこそ、権威があるのだもの」
「それは勿論だよ。でもつまりそれって、この店は権威があるってことだよね。ブリジットさんが直接注文するくらいなんだからさ」
「それはそうよ。それでも、今日は私がお客様ですばるはその連れなんだから。すばるがおどおどしていたら、私まで恥ずかしくなってしまうじゃないの。しゃっきりしなさい」
「う、うん。こう？」
　ブリジットの言葉にすばるは胸を張って姿勢を正した。
「そうそう、その方がよっぽどかっ……」
「か？　何？」
　何事か言いかけたブリジットは慌てて口を噤む。
「かっ…………感動的ね！　でも無意味よ！！」
「無意味なの！？」
　あからさまに不自然な台詞で誤魔化すブリジットだが、その頬は心なしか上気しているようにも見えた。
「わ、私は着替えてくるから、すばるはここで待ってなさいよ。折角だから中を見て回ると良いわ」
「あ、それなら僕も一緒に入ろうか。試着室の中にどんな危険が潜んで……いるわけないよね、うん。行ってらっしゃい」
　ブリジットに厳しい視線を向けられて、すばるは黙り込む。やがて現れた店主から、注文の品が入っているらしいドレスカバーを受け取ると、すばるを尻目にブリジットはやけに大きく、豪奢なカーテンのかかった試着室へと入っていった。