ひねもすのたり、雲の切れ間に｜リアクション

ひねもすのたり、雲の切れ間に

「あ、あの、ありがとうございました」
「別にそうかしこまられるような事はしてないわ」
「それはそうかもしれませんが……」
　結局さゆるの選んだ下着を買うことに決めた綾は会計を済ませ、二人揃って店を出た。これといった目的地もなさげにふらふらと歩いてゆくさゆるの背を、なんとはなしに綾も追う。
「……何故見ず知らずの私にあんな助け船を？」
　よもや先程の一件を恩に着せて金銭をせびるつもりではなかろうかと、綾は少々身構える。
「なんでって……、うーん」
　普段から感性のおもむくままに暮らしているさゆるは、自らの行動の理由など特に考えてすらいなかったようだ。綾に尋ねられて初めて行動には動機があるものなのかと考え込む。
　やがて、ぱっと思いついたように顔をあげて言った。
「可愛い女の子には可愛いものを身に着けていて欲しいから、かな。大したことじゃないわよ」
「それはどうも」
「お世辞じゃないのよ？」
「ええ、分かっています、言われ慣れているだけですので。こう見えても私、女優……の卵、ですから」
　綾は少々言い淀み、しかし胸を張ってそう言った。
　さゆるは興味深げに綾の横顔に目を向ける。
「そういえばお名前も伺ってませんでした。訊いても構いませんか」
「朝鳥さゆる。好きなように呼んで、女優の卵さん」
　正直初対面の相手に自分の名前を教えるのは気が引けたが、こうして相手に名乗らせてしまった以上は綾も名乗らない訳にはいかない。
「神無月綾です。よろしくお願いします」
「そんなに緊張しなくても何もしないのに」
　余程喋り方から警戒心がにじみ出ていたのだろう。さゆるは綾のお堅い自己紹介に思わず笑ってしまった。
「それに、敬語を使われるようなガラでもないんだけどな。だって同じくらいの歳でしょ？」
「えっ、そんなに大人っぽく見えますか。私、まだ高校１年生なんですけど……」
「え？　いや、だから同学年でしょう」
「……さゆるさん、２０歳くらいですよね？」
　さゆるはふるふると首を横に振る。
「１５歳。綾と一緒」
「う、嘘っ！？」
「嘘をつく必要が無いわ」
「そうなんですか……、いえ、すみません。あまりに大人びて綺麗なものですから」
　綾の驚き様から冗談で言っているわけではないと悟ったさゆるは嬉しいような悲しいような、微妙な表情をした。大人びているとは、こと女性に対して使う場合は言い換えれば即ち老けているともとれる言葉だ。諸手を挙げて喜ぶというわけにもいかないのだろう。
「ということはさゆるさん、寝子島高校の生徒なんですよね。少し訊きたいことがあるんですが、構いませんか」
　綾が改まってそう尋ねると、さゆるは頷いて無言で続きを促した。
「さゆるさんは最近学校、あるいは島全体で起きている色々な事件をどう思いますか？」
　するとさゆるは不思議そうな表情をする。事件と言われても彼女にはピンと来る出来事がすぐには思い浮かばないのだった。
「事件？」
「月の初めにも１度テロがあったばかりじゃないですか。それに学校の中だけでも頻繁に突拍子も無い事件が起きてますよ」
「ん、テロはなんとなくテレビで見たかもしれないような……。でも悪いけど、学校のことについてはあんまり分からない。あたし学校休むこと多いから。テロについても巻き込まれなくて良かった、くらいしか感想は無いわね」
「あ、そうだったんですね。いえ、事件なんて巻き込まれずに済むならばその方が良いに決まってますから。気にしないでください」