ひねもすのたり、雲の切れ間に｜リアクション

ひねもすのたり、雲の切れ間に

　時刻は午後３時半を過ぎ、神無月綾は一人シーサイドアウトレットへとやって来ていた。その目的は主に日用品の買い出しだが、その他にも綾にはやりたいことがある。それは、この寝子島に住む人々が度々起きている大騒動について、どのように考えているのかを直接聞くことだった。
　というのも、綾は学校では風紀委員を務め、また学業の傍ら女優の卵としても活動している身だ。良い悪いの区別はともかく、実際に起きている事件について人々がどう思うのかを知っておくのは綾自身の為に良いだろうと思ってのことだった。
「人の心を動かすにはまず人の心を知らなければ始まりませんからね。『射将先射馬』ってやつです。……さて、食料品の類はかさばるので後回しにするとして、まずは衣類ですかね」
　すると綾はアウトレットの一角にある、女性用下着専門店へと足を向けた。
　店の名前はNYAMPHI。
　セレクトショップではあるものの自社ブランドも取り扱っており、あまり派手派手しさの無い柔らかな色遣いと、アンティークでフェミニンな雰囲気に人気がある。価格帯も手頃で、さすがに棚の端から端まで買い占めることは無理でも、気に入ったものを数着選ぶ程度であれば高校生でも十分手が届く。
「将来大女優になろうという人間がこの程度のお店で良いのかしらと思わないでもないですが、身の丈にあった中で人と差をどれだけ付けるかというのも演技の練習たりえますよね……」
　綾はそう言いながら横目で少し離れた別の店舗を見やる。そちらはNYAMPHIに比べると倍程度の値段が付いていた。
「それにお腹が空いて服を食べる訳にもいきません。食べ物は大切です」
　名残惜しそうにそちらから視線を戻すと、綾は可愛らしく着飾ったマネキンが出迎える店内へ入る。暖かな色味で統一された店内は、ランジェリーショップというよりは印象派の絵画展のような趣だ。遠いどこかの国の、名前も知らない画家の展覧会。
「ふうん……」
（あんまりこういうお店には来る機会がありませんでしたけど、なかなか感じの良いところみたいですね）
　綾が店内を見渡すようにしていると目敏い店員がすぐさまやってきて、何かお探しですかと声をかけた。
「あ……いえ、特にこういったものが欲しいというイメージがある訳ではないのですが。そうだ、今流行っているものというか、売れ筋の商品があればいくつか見てみたいです」
　外出した大きな目的を思い出して綾は店員にそう告げた。
（大女優ともなれば身に着けているものがブームになったりもする存在……ならば今から流行を掴んでおくことも必要なことでしょう）
　すると店員はしばらく考えた後、少々お待ち下さいと言い残して別の棚の陰へと消えた。間もなく店員は両腕いっぱいに商品を抱えるようにして戻ってきた。店員が綾の前に商品を次々並べていく。
　黒地に白のレースが霞のようにあしらわれたもの。
　一見水着のようにも見える一面カラフルな花柄のもの。
　フリルで飾られた丈の短いネグリジェ風のもの。
　エトセトラ、エトセトラ。
　あまりに様々な種類を統一性もなく一度に並べられ、とてもこの中からひとつだけ選べそうにはなかった。
（むむむ、厳選してもらったものの結局決められません……。流行りという割には随分それぞればらばらなものが出てきたような気もしますし……、どれにすれば良いのやら。すべて買えるならそれが一番ですけど、流石にそんな余裕はありません）
「これなんか良いんじゃない？」
　しなやかな指が綾の背後から伸び、微かなベージュに黒いカーネーションの刺繍が入ったハーフカップのブラジャーと、揃いのデザインで飾られたボーイレングスショーツのセットを指差した。
　眉間にしわ寄せてどれにしようか決めかねていた綾が振り向くと、そこにはさゆるが微笑んで立っていた。

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